[携帯モード] [URL送信]

シリーズ・短篇

はじめから冷静に相手より先回りしてものを考えられないで居た。
疲労と諦めの溜息が長く漏れる。

「知れば知る程貴方の弱さに気付くんですよね。誤解を恐れずに言うと、俺はそこが好きです」

散々好き放題自分の都合で言いたい事ばかり言って、こっちの事は何一つ頭に無い。
元々自分の感情や欲求を一方的に押し付け、相手の事をかえりみない人間だ。

「すいませんでした。思ったより参ってたのに……俺トドメ刺しちゃいましたね」

トドメという単語のチョイスが可笑しくて思わず吹き出すと、男は怪訝な顔で覗き込んだ。

「本当は……慰めに来たつもりだったんです」
「嘘つけ」

口を衝いて出たそれに今度は男が吹き出した。

「今キツい状態だろうと思って。でもいきなり泣くから」

だから動揺して思わず苛めて楽しんでしまったとでも言う気か。
それで慰めたつもりだったら底意地が悪い。

「最初は尊敬と憧れだったと思います」

唖然とするのにも構わず次々言葉を寄越す。

「確かに貴方が言う様な意味でも情けない様を見るのは楽しいですけど、俺が一番になりたいって思ったんですよ。完ぺきな貴方に一番に頼られたら幸せだろうなって」
「完ぺき……?」

相手の要求が提示された事に気付いてゾッとした。

「ビシッとスーツ着てて仕事が出来そうで、隙が無い。独立心、自尊心が強そうな人が自分だけに泣いて頼って弱味を見せたら……」
「それで、か」

だからストーカーをしたって言うのかという怒りがニュアンスに表れた。

男は答えを求める様に真っ直ぐ目を見詰める。
その期待に満ちた目は、命の危険をちらつかせた紛れもない脅迫だ。
口にせずとも張り詰める空気がそれを物語る。

とことん身勝手で呆れ果てるしかない。

「例えば実質的にそうなったとして、どうする」

お前の要求を飲んだら、脅迫に屈したらどうなるっていうんだ。

「俺は元々見てただけなんで、愚痴を聞いたり、泣きたい時は見せてくれれば嬉しいです」

男は「信じてくれるなら」と付け加えて苦笑したが、大事なのはそこじゃない。

「それだけだな」
「はい。誓って手は出しません」

手を出さないという命の保障。

自分は大丈夫だと言ってしまえばこちらの犠牲無しにそれを手に入れられる事になるが、恐らくそれは許されない。
相手は既に、調べればどれだけ詳細にわかるかを証明している。
嘘はつけない。

大分前からこの状態に持ち込む事を狙っていたと考えれば納得がいってしまう事が悔しい。

じわじわと追い詰め精神的に参っている時を見計らって現れる。
自分の命が男の手中にあるという事を思い知らせ、暗黙の内に要求を飲ませる。

負けだ。自分の。

大きな絶望が怒りや悔しさを飲み込んで、虚脱感に襲われる。
そしてきっと随分前からこの陥落が予想されていたのだろうという意味でも、自分はずっと負けていたのだ。

逃げられないと思うと自然と頬に一筋の涙が伝った。
男は酷く満足げに声を弾ませ、気遣う素振りで頬を撫でた。

「可哀想に。恐かったんですね」

抗う気力を無くした俺は静かに一つ頷き、男の嬉しそうな笑みを見た。


腹部の重い違和感に気が付いて目を覚ました。
飛び込んできたその光景に「ひっ」と我ながら情けない、怯えた声が漏れた。
跨がってまじまじと見下ろしていたのは「男」だった。
反射的に突き飛ばしてばたばたと後退る手足が震えているという事実がショックだった。
これじゃあ奴隷だ。

「昨日の約束が夢だったなんて思ってないか確認しに来ました」

にっこりと微笑む男を前に言葉が出ず、口を開いてもはぁっと息が漏れただけだった。
こくこくと必死に頷いて覚えているという事を訴える。

「お前…っ、恐いんだよっ」

泣きそうに震えた声が自分で耳に障る。
滲んだ視界に満面の笑みを浮かべる男が居た。

[*前へ]

6/6ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!