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シリーズ・短篇

「言ってない。俺は……同性愛者を否定しないし、そういう事で頭から人を嫌うのは好きじゃない、からっ」
「そうですよね」

にっこり微笑んだ男は、本当の意見を勘ぐらずに信じてくれたようだ。
既に知っていたという可能性も大いにある。

「ただ、やっぱり俺は同性は恋愛対象にならない」
「そこはいいですよ。口説いていくつもりですから。偏見が無い事を確認出来ただけで収穫です」

よかった、とホッとして思わず呟いてしまうと、男は声をあげて笑った。

「あっはは!口説くってちゃんと耳に入りました?怒りを買わずに済んで余程安心したんですね。貴方ちゃんとミスせず仕事してますよね?プライベート可愛すぎですよ。ほら拗ねた」

かつてこんなに意地悪く攻められた事があっただろうか。
まるで子供扱いなのが悔しい。

「聞きたかったんですけど、貴方疲れませんか?仕事でも新人を任されたりして苦労してるんでしょ?ただでさえ人間関係とかご家族の事とか……色々頑張り過ぎでしょう」

ストーカーとはその気になればこれ程調べられるものなんだろうか。
弱りきったところに優しげな気遣いを見せられて、危うくストックホルム症候群が頭によぎった。
犯人と人質が長時間一緒に居ると特別な絆や感情を抱いてしまうという、今最も考えたくない事だ。

「責任感が強くて真面目にそうやって何でも頑張る人は、心も折れやすいですよ?貴方は特に正しくある事にこだわる様ですし」

ラフな格好に合わせた黒いジャケットから鍵を取り出し、見せつける様に指先でもてあそぶ。
それが合鍵だろうとは見当がついたが、恐らく今回の鍵についての問題も知っているだろうという事に考えが向かう。

確かに自分は正しいと思って疑わなかったし、正しくあろうとも努めている。
だから今この現状でも自分の正しさを信じたし、相手が悪だと信じて疑わなかった。
そこを突かれ崩されてしまうともう手も足も出せなくなりそうだ。

また顔に出ていたのか、男はくくっと笑ってご機嫌な様子だ。
完全に手のひらの上だ。
操られている。

「そんな事だから自分の事が疎かになるんじゃないですか。疲れきって『そっち』の処理すら面倒になってるって……俺なら考えられないです」
「そん…っ!……変態!!」

同性が恋愛対象だという相手だからこそ出てくる羞恥心と言葉。

「信じられ…!ストーカー!!」

反応を楽しんで爆笑されても湧いてくるのは怒りではなく羞恥心だった。

「あっはっはっはっ!どうして妄想の可能性を考えないんですか?そんなところまで見られてると思ってますね!?」
「何だ!妄想か紛らわしい!」
「うわー!この人恥ずかしい!」

散々馬鹿にされ辱しめられた挙げ句、笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながらケロッと言い放ったのは――。

「はぁーあ、面白いっ。まぁ立派な目撃談ですけどね」

今サラッと何て言った!?

あまりの衝撃に絶句する。
そしてそのリアクションを楽しまれる、という短い時間でパターン化してしまったやり取り。

「やっぱり変態じゃないか!考えられない!」

笑われているのを余所に途端に気分が落ち込んだ。
またじっと観察される気配を感じてもそれに構う心の余裕が無い。
色々あり過ぎて情緒不安定になっているのかもしれなかった。

任された新人とはうまくいかないし、顔を合わせると何かとからかったりしてちょっかいを出してくる奴が居て疲れるし、上司とはどうにも人間的に合わないタイプだし。
二十七になったばかりだというのに親から結婚を急かされ、所詮世間体を考えただけのそれが鬱陶しい。
そこへきてこのストーカーだ。
たまったもんじゃない。

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