シリーズ・短篇
3
その手を熱いと感じたのは恐らく血の気が引いているからかもしれない。
「目ぇ腫れてもいんですか、って言ったでしょ。聞かない人だな」
一転して苛立ちが伺える程の声の調子に戸惑う。
何が男の機嫌をよくし、何が興をそぐのか。
その境界を慎重にはからねばならないと今更気付く。
ストーカーによる犯罪は命さえ奪われる事もあるのだ。
もっと冷静に事を見るべきだったと悔やむ。
「悪…い……しない、しない」
途端に生命の危険をひしひしと身近に感じるようになると、一先ず従順になるのが得策に思えた。
わかりやすく首を振って従うという意思を主張すると満足したと見えて、再びにっこりと笑みが戻っていく。
それに幾らか安堵しつつも男への恐怖は順調に育っていく。
「どうしたんですか急に。あ!自分の立場に気付きました!?」
楽しげに跳ねる声色が戻り、そしてまた笑う。
「あははっ!そうですよねぇ!?冷静になって来ました?やっと」
異常者だ。
芯から恐れ戦き、ゾクゾクと震える。
戦慄する。
「あぁー、泣きやんじゃいましたか」
盛大に息を吐き出してつまらないと態度で示される。
だからと言って計算で泣けるわけもなく、後はひたすら恐怖が続く。
くすん、と一つしゃくり上げはしてももう涙は止まってしまった。
男は黙り込むと、感情の伺えない冷めた表情で蔑むように見た。
その沈黙が耐えきれずおずおず口を開く。
「最初の……、言った事」
思ったより声は弱々しかった。
「前に、言ったの…は……?」
「はい?」
「前に言ってた、事」
「意味わかりませんけど」
早めに指摘され挫けかけながら、何とか直接的な表現を避けて言えまいかと悩む。
が、恐らく言うまで攻められるかもしれないし、何より苛立たせるリスクがある。
背に腹はかえられない。
「最初に、夜に会った時言ってたアレ。その……『好きです』って」
言い出した事が意外だと見えて、男は瞠目し、それが?と先を促した。
これが逆恨みによるものなら危険性は上がるが、好意が残っていればそこにすがれると思った。
反応を見てどちらなのかを探ろうと思ったのに、先を促されてはともかく何か話すしかない。
相手が男でも媚びて、生き残る道を掴みたい。
「それが、まだそうなのかと……気になっ」
「気に入られる作戦?」
見透かされていた事にヒヤッとして、汗が滲み心拍数が上がる。
「まぁいいでしょう。ええ、好きです。貴方が好きです」
躊躇いもせず、恥ずかしげもなく言い放つ。
「俺が前にそう言った時、家まで送らせたから俺に期待をさせてしまったんだと思ってます?でもね、心配しなくても期待はしません。ただ俺がもっと好きになっただけです、一方的に」
今どんな顔をしていいかわからない。
期待をさせたかどうかよりそもそも送らせた事を間違いだったと思ってはいた。
どっちにしろ家は知られていたかもしれない。
けれどそうしたからこいつに告白される機会を自ら与えてしまったのだし、隙を見せて尚更気に入られる羽目になってしまった。
そう思うと悔やまれるのに、現状を考えると気に入られていた方が危険性は低くて助かったと思える。
「不安なのが顔に出てますよ。だから貴方後輩に可愛いなんて言われるんですよ」
「何で……」
どこまで、どうやって調べてるんだ。
「貴方はストレートだって言うんでしょうが、それは常識に考えを縛られているんですよ。同性への好意は異常だって。そう植え付けられてるから偏見がある。差別するんですよ」
確かに異常だとは思ったがこちらにだって意見がある。
「人によってどれだけ違うか知ってますか?自分の性に対する認識と、好意を抱く相手の性別。俺は男で、男が好きな人間です」
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