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シリーズ・短篇

災難はまだ続くのだろうか。
ストーカーに関わってから立て続けだ。
うんざりする。

疲労と気分が晴れないせいで重い体を引きずって家まで着いたのに、その家でさえ気が休まらない。
とことん打ちのめされた気分で、玄関先で崩れ落ちる。
涙が込み上げて、情けなくぺたんと座り込んだ膝にぼたぼたと零れ落ちて濃い色のスラックスに染みをつくる。
フローリングに触れた膝から下がひんやりと冷たくて、嗚咽しながらもゆっくり腰を上げ四つん這いになると、手をのばして靴を脱いだ。
最早立ち上がる気力さえ無く、ぐしぐし泣きじゃくって廊下を這って移動する。

「ふ…っ、うぅううう」

ほとんど拗ねていると言ってもいい。
大の男とか大人だとか関係無い。
蹲ってひたすら泣きじゃくる背に不意に何かが触れ、戦慄する。
恐る恐る顔を上げると暗い部屋に居たのは今一番見たくない顔だった。
見開いた目から、溜まった涙が零れて伝った。

それはまるで愛しげに。且つ嬉しげに。
綻ばせたとでも言うべき笑みを浮かべて見下ろす男。
瞬間、ゾクリと背筋を冷たいものが走り肩を震わせてしまった。
男が身を屈め距離が更に詰まると反射的に強張って後退り、顔が引きつる。
ひっ、と喉から完全に怖じ気づいた声が漏れ、間近に迫る男はその笑みを濃くした。
男は、俺が恐れている様を喜び、楽しんでいる。
その事実が悲しく、また涙が込み上げた。
潤んでぼやけた視界の中で男は笑みを浮かべながらさも楽しげに、高ぶる感情を抑えきれないと言わんばかりに話し出した。

「その怯えた表情……。目にいっぱい涙を溜めて……震えてるんですか?可哀想に。恐いんですね」

お前だ。お前が諸悪の根源なんだよ。

喉から先に出てこない言葉の他には真っ白で浮かびさえしない。
正しさを突き付けて、暴言を吐いて打ちのめしてやりたいと思っていたのは何処へやら。
いざその時が訪れてみれば今の言葉通り震えて泣くしか出来ないで居る。

「何で…っ」

涙声がかすれて漏れる。
子供にする様に男は、ん?と首を傾げ聞き返した。

「何で、こんな事するんだよ…!……文句があるなら直接言えばいいだろ!?もうやだよぉ…っ」

本当に子供の様にえぐえぐ泣きじゃくって、構わず両手で擦って拭う。
その様が男の嗜虐心を煽るのか、たまらず笑い出しそうになっている。

「ああ、ああ。ほらぁ、擦っちゃうと目が腫れちゃうんですよ?明日会社であれこれ聞かれるんじゃないですか?俺はそれでも構わないというか、むしろ困る貴方が想像出来て嬉しいですけど」
「変態!」

絞り出した言葉がそんな単語一つだけだなんて自分でも心底情けなく思う。

「くっ、あははははは!」

遂に腹を抱えて笑われ、言葉によって好きに辱しめられているという屈辱的な感覚に襲われる。
羞恥や怒りで顔が紅潮する。

「うわぁー、頑張って捻り出した精一杯の侮辱が『変態』ですか?目を潤ませて震えながら言ったら誘ってるようにしか見えませんよ!可愛いなぁ。貴方幾つなんですか。電気つけていいですか?明るくしてじっくり見たいです」

こいつはとことん辱しめる気だ。
自分には到底考え付きそうもない発想の言動が益々混乱させ、どう対処すればいいのか見失わせる。
自分は男に遊ばれているのだ。

「ふぅうううっ。ひ…っ……鍵、鍵返せっ」

本当に明るくしやがった男は発言通りまじまじと観察する様に視線を動かす。

「盗ったのお前だろ!?犯罪者!訴えたら捕まるくせに!」

幾分か言い回しが幼稚な気がするがこの際構ってられない。
変態が精一杯かと笑ったのはそっちだ。
しかし、空気が急にピリッと張り詰めたかと思うと同時に男から笑みは消え、代わりに冷たさが覆っていた。
ハッとして肩をすくめると、縮こまった手をとられた。

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あきゅろす。
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