シリーズ・短篇
1
ストーカーは女性が遭うものだという勝手な思い込みが自分の中にあった。
自分がその被害に遭ってその間違った認識を自覚したし、その恐さというのも身を以て思い知った。
そして今度こそセキュリティがしっかりしたマンションに引越そうかと真剣に考え始めている。
家を知られた為、セキュリティのセの字も無いところからオートロックのマンションに越した。
なのに、だ。
住人に紛れて出入り出来たり、何階であろうと屋上からベランダを伝って侵入される事もあるらしい。
それを念頭に選べばもっとどうにかなったかもしれないのに、まだ住んで三ヶ月も経たないのだ。
それでこの現状。
郵便物を勝手に見られ、マンション内に侵入された。
これは自分の過失なのだが、オートロックという事に安心してベランダの鍵を掛けていなかった。
それが最大の過ちだった。
覚えも無いのに部屋の物が動いているという事が何度もあって、けれどそれは些細な、単なる勘違いだと思っていた。
「それ」に気付いたのは、風呂から上がって髪を乾かした後だった。
長髪とまではいかないが、切るのが億劫で伸ばしっぱなしになっているそれは耳もうなじもすっかり隠してしまう程。
最早そう呼ぶ様になるのも時間の問題だ。
それと髪質のせいもあってか、乾かさずにそのまま寝てしまうと翌朝は確実に仕事に遅刻する。
よってきちんと乾かし、櫛でとかしておく必要がある。
「あれ……無い」
テレビを観ながら髪を乾かし、ドライヤーをしまいに行った洗面所にある筈のものが無い。
朝と夜使うだけでそこからは動かす筈が無いのに、櫛が無い。
朝食代わりのコーヒーを飲みかけのままそこに放置して行ったのに、帰ってきて見るとキッチンに洗って置いてあったという事があったその日の出来事だった。
おかしい。
さすがに異変に気付き、自分はボケたのかと真面目に考えもした。
まさかと思いながらも確認の為に一応見てみると、入居の時に貰った合鍵が無かった。
何処にも。
「うーそだろー……?」
暫くはこの事実が信じられなかった。
持ち出した覚えは無いが何処かでなくしたのかと考えたり、もしかしたら最初から貰ってなかったかな?とか我ながらふざけた発想で何とか理由をつけようとした。
だけどやっぱり無いものは無い。
そしてやっぱり動くものは動く。
「あいつ…っ」
ストーカーに合鍵を盗られました!
勿論すぐに管理人にそれを報告して、鍵を取り替えてくれるように言った。
但しストーカーだという事は伏せて。
男がストーカーを理由にそう要求する事が恥ずかしいと思ったからではない。
そのストーカーが同性だという事が、何となく自分の中で口にする事を躊躇わせたのだ。
後で女という事にすれば問題が無かったのだと気付いたが、「もし男だと知られたら」という思いがそうさせたのだろうと思う。
それでも事は窃盗なのだ。
受け入れて当然の要求と思っていた。
が、一向に動いてくれる気配は無く、どうやら出費を避けたい様だった。
なら費用は全額負担しますと言えば、マンション全体のセキュリティの問題になるからとはぐらかされる始末。
そちら側の責任として、誠意をもって対応してくれる事を疑いもしなかった。
正直裏切られた気持ちでいっぱいだ。
なら自分はどうすればいいのか。
越したばかりで、もう引越せと言うのか。
ストーカーの為に出費がかさむ。
いつまでも落ち込んでは居られない、と腹を決めたその日。
そいつはそこに居た。
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