シリーズ・短篇
2
幾らか落ち着きを取り戻しつつある、けれどもまだ小刻みに震える手で男を指して怒鳴る。
「お前!自分が何をしたか言ってみろ!」
説教してやりたいのに、しつこく絡み付く恐怖が涙腺を刺激してやまない。
震える声で怒鳴っても情けない。
「ふざけるなよ!」
自分が何をしたか思い知らせてやりたい。
悪かったと謝らせたい。
何が「好き」だ。
「首締めたんだろ!」
項垂れた男は、玄関先に立ったまま小さく頷いた。
「馬鹿に、するな…っ」
反省したのかよ。
「これは犯罪だ…っ」
「すみませんでした」
男は静かに言葉を紡いだ。
「本当に…っ、死ぬかと思った!」
死ぬ前に走馬灯を見ると言うが、死を感じた瞬間家族の顔が浮かんだ。
長く感じたその一瞬がそう言うなら、俺は人生で初めてそれを経験した。
家族の事を好きだと思った事は無かったが、もしかしたら俺は意外と家族が好きだったのかもしれないと思えた。
もう歩く気力も無く、靴を脱いですぐフローリングにへたりこんでしまった。
これもきっと人生で初めてだ。
腰が抜けた。
立ち尽くす男の前から逃げる事も出来ず、今更ぼろぼろと泣き出す。
だって。
だって本当に死ぬと思ったんだ。
男はそっと膝をつくと、目を見つめてくる。
「好きです」
ぐしぐしと泣き続ける情けなくてみっともない俺を見つめて言う告白は、最初のそれと同じ様に甘い色を含んでいる。
「貴方が、好きです」
好きなら何をしてもいいって言うのか。
男が男を、乱暴に押し倒して。
「貴方を見てて、好きになったんです」
何故そんなに愛しげに言える?
俺の何を知ってる。
家まで送らせたからって勝手に期待が持てると思うなよ。
勘違いするな。
「もっと貴方が知りたくて、ただ見てるだけじゃ抑えられなくなって」
それじゃあまるで――。
「ストーカー……?」
男が、男の?
「貴方を俺のものにしたくて。体を奪えば、心もついてくると思いました」
何処からその自信がくるのか。
呆れる。
「お前っ、馬鹿だろ」
必死に声を我慢して泣く俺のぐしゃぐしゃに濡れた頬を、ぐい、とその手が拭う。
そこから伝わってしまう男の想いなんて知るか。
またも告白を繰り返す男は腕を伸ばし抱き締めてきた。
「誰が許すか…!」
誤魔化されない。
突き放した男は、でも好きなんです、と伏し目がちに呟いた。
怒りの一枚裏側で心臓がぎゅうっと切なく苦しめられても、その正体から必死に顔を背ける。
これは認めてはいけない。
気付けば震えが止まっているのだって、時間が経っておさまっただけだ。
「お前は犯罪者だ」
男のストーカーに襲われて受け入れるヤツが居ると思うか!?
許さない、と責め続ける言葉を、男はずっと黙って受け止めていた。
人生で初めて死を感じた夜は、人生で初めて走馬灯を見て、人生で初めて腰を抜かして、人生で初めて男から好きだと言われた。
そしてそれはもしかして、自分でも信じがたい事に、人生で初めて男に好意を持つきっかけの日だったのかもしれなかった。
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