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シリーズ・短篇

もう閉店間際だとわかっていながら、テレビ情報誌を買いたくて本屋に入った。
あと十分やそこらで閉店の十一時がきてしまうというのに、自分以外にも思ったより人が居て少し安心した。
まだ立ち読みしている人も居て、俺はその横で週刊で出ているテレビ情報誌を眺める。
毎回これと決めている特定の雑誌は無く、その時々で載っている芸能人によって決めたりするのだが、今日はゆっくり選んでいる時間は無い。
どうせ買うなら適当に選ぶのではなく一通り見て決めたいし、また後にしようと決めて何も買わずに店を出た。

一歩出た所で「はぁっ」と溜息をつく。
夜なのだから暗いのは当然だけれど、周りにはまともな明かりが無い。
それなりに広いこの本屋の他は、シャッター通りと化した寂れた商店街よろしく暗闇と静けさをもたらしている。
物騒な世の中。
何があるかわからないから避けたい気持ちはあった。
けれども、何せ自宅への帰り道。
通り慣れている分警戒心や緊張感が薄れ、油断していたと認める。

雑誌はまた明日コンビニかどっかででも買えばいいや、と思い人通りの無い道を歩く。
感覚の広い街灯がぽつぽつと広くない道を頼り無さげに照らしている。
防犯を考えてもっときちんと設置しようとは思わないのか、と誰宛へともわからない文句を内心でたれる。

突然だった。
苦しさと恐怖に襲われながら、視界はスローモーションで夜の空を映していく。
背中に地面の衝撃を受けてやっと自分が倒れたのだとはっきり認識する。
いや、正確には「倒された」
後ろから首に回された手に引き摺り倒された。

「好きです」

は……?

耳元で吐息混じりに囁かれた、「男」の声。
倒れた俺の頭の横には寄せられた男の頭がある。
まったくもって今現在の状況が飲み込めない。

だって。
男は今、何て言った?
「好き」だと?
馬鹿にするな。
俺は女じゃあない。
好きな女と勘違いされてこんな道端で殺されたんじゃたまったもんじゃない。
だけど、もう、きっと死ぬ。
早とちりしたストーカーに間違って殺されるんだ。

俺は、死ぬ。

家族に会いたい。
最期に家族に会いたい。
笑う家族の顔が浮かんで悲しくなった。
親より先に、勝手に居なくなってしまうのを悲しむかもしれない。

男のシルエットが視界に入る。

「さっき、何か買おうとしてやめましたね」

暗闇にふんわりと笑んだ顔が想像出来る程の、愛しいと言わんばかりの落ち着いた、知った声色。
誰でもない。
こいつは俺を見ていた。
あの本屋のレジのカウンターの中から。

恐怖で凍りついた体を強引に動かし、首筋や肩を這う腕から逃れる。
飛び起きても立つのがやっとで、込み上げる怒りを混乱気味に吐き出す。

「お前…ッ!」

恐怖とはこんなにも人に絡み付き、縛り上げ、自由を奪うものか。

「ふ…っ、ふざけるな!」

はっきり見えない顔に怒鳴り付ける。
男は身動ぎもせず、黙って膝立ちのままこちらを見ている。
もっと何か怒鳴って、殴ってやりたい。
なのに俺は何て情けないんだ。

「俺っ、俺は…!」

泣きそうだ。
恐かった。すごく。
ぶるぶる震えて、今体を支えて立っているのが精一杯だ。

「送って、いけ…っ」

恐くて、震えが止まらなくて、歩ける自信が無くて、目の前のこんな奴にさえ頼ってしまう己が腹立たしい。
男は俺の一、二歩後ろに引っ付いて黙ったまま家まで着いてきた。
おさまらない怒りを抱え、震える体で辿り着く。

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あきゅろす。
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