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シリーズ・短篇

あともう少しで日付が変わるという時刻。
改めて話をする事を想定して色々考えていたのに、出されたアイスの誘惑には勝てなかった。
サイズは小さいが値が張る贅沢なカップアイスはミルクティー味で、その甘さに頬がゆるむ。

ソファーを背もたれにして床に座っている後ろから美味しいかと聞かれ、その視線を意識すると途端に羞恥心が湧いてくる。
こく、と一つ頷いて、スプーンを動かす。


リビングの隅のごみ箱に空になったカップが納まると、ソファーに座るように言われておとなしく聞く。

「もう一度聞かせて下さい」

何を指しているのか、それ以上言わずともわかっている。

「向井さんが好きだから、向井さんにも好きになってほしい。でも」

絶対に揺るがないものを。
隅々まで余さずに理解して、決して揺るがない想いを。
その気持ちを表すのに適当な言葉が他に見つからない。
けれど向井さんは言いたい事を察し、答えてくれる。

「寛人さんの信頼を得るのには随分時間がかかりましたね」

そうだ。
今は信じられる大切なスタッフ達も、向井さんも、初めは皆警戒すべき敵だった。

「想いが確かなものだと信じられるまでにどれ程の確認作業が要るかを、既に知ってます」

用心深く何度も疑い、何度も人の心を試す。
ようやく信じられたとしても時にふと目を覚ます。
敵に心を許してはいけない。

そんな自分が嫌だと感じても、いくら面倒で疲れると思っても、それはやめられるものではない。

「一度乗り越えましたから。二度目も乗り越えます」

嬉しいけれど罪悪感が襲う。

「何でこんななんだろう」

素直に人を信じられたら。

「そうさせてしまった人が居た訳ですから、何も寛人さんが悪い訳ではないでしょう」
「でも、もっと違う考え方だって選べた」
「違います。過去の経験のせいで幼い頃から自分を責める癖がついてしまったんです。貴方が悪いんじゃない」

初めは疑いながら、これも仕事だと思って話した自分の過去。

「うん。じゃあ……一つ聞いていい?」
「はい、どうぞ?」

きっと自分に非があったんだと半ば強引に自己完結していた。

「何で、触らなくなった……?電話しなくていいって言ったから?」
「それは、距離をおきたくなったのかと……嫌われたくないですから」

やっぱり自分に責任があった。

「ごめん。毎日電話してくれるのは嬉しいけど、向井さんが大変だと思って」
「大変なんて!好きでしてるんですから、気を使って下さらなくても」

訪れた沈黙に照れ臭い空気が流れる。

「お互い、言葉が足りませんでしたね」

恋人同士みたいだ。
いや、「みたい」じゃない。
想いを告げて、受け入れられた。
うつむいて自分の膝を見つめながら、その嬉しさを噛み締める。

「俺達……もう、付き合ってる?」

照れ笑いを抑えきれないで見た向井さんは、見た事が無い程優しい笑みを浮かべていた。

「まったく、貴方は……どれだけ可愛らしいんですか」
「何が?」

向井さんの口から言ってほしくて聞いただけなのに。

「いいえ。何でもないです」

そっと握られた手が照れる。

「こうしてると、放したくなくなりますね。ずっとそばに置いておきたい」
「毎日会うのに?」
「仕事でじゃなくて個人的にですよ」

マネージャーの時には見られなかった本物の素顔は甘く、思いきって甘えたくなる。
それと同時に、向井さんのすべてを見せてくれた気がして安心もした。

「ぅあーっ、でも!明日からどんな顔すればいいんだよ!絶対挙動不審になる!バレたら…っ」
「安心して下さい。もう“今日”です」

見ればデジタルの時計は日を跨ぎ、今日になってから六分経っていた。

「もう、そういう事じゃな……あ!じゃあ記念日って昨日になるの!?今日!?」

真面目な問題だというのに向井さんは笑い出してしまった。
今日は、いや、昨日からずっと。見た事の無い沢山の向井さんを知った。

「じゃあこうしましょう。昨日は告白記念日で、今日は付き合った記念日」

いいでしょう?と微笑むそれに頬が熱くなり、我慢出来ずにその胸に抱きついた。

「好き。向井さんが、大好き」
「私も、寛人さんが大好きです」

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