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シリーズ・短篇

手を降って声をかけてくれるお客さん達に手を降り返し、スタジオを出る。
ずっとへらへらしていた事を今更ながら激しく反省し、一、二歩後ろに居る向井さんに怒られる事を楽屋までに覚悟する。
そして追い討ちをかける声が後方から飛んでくる。
かっこよかった、と言ってくれたまではいい。

「へぇ〜」

ニヤついてじろじろと見る佐伯に嫌な予感がする。

「何?」

苦笑どころか表情は引きつり、佐伯はそれでも気にする素振りすら無い。

「こうされるとオチるんだ?」

頬に触れる、あの指とは違った感覚。
嫌悪感でぞわりと背筋を走り抜ける寒気。

「馬鹿!」

気付けば反射的にその手を叩き落としていた。
照れたとでも思ったのか、それとも単なる嫌がらせなのか、楽屋に向かう背をからかいながら追ってくる。

向井さんの前で――。
信じられない。

もうきっと怒られるだけじゃ済まされない。
呆れられたらどうしよう。
嫌われたらどうしよう。

怒りと恐怖が入り雑じって目の奥がじんわり熱くなってくる。

「怒った?」
「いや、着替えるから。後で」

悟られない様に目を伏せ、声が震えない様抑える。
佐伯の呑気な返事は扉の向こうに消えた。

「大丈夫ですか?」

ずっと黙ったままの向井さんが恐くて見られない。
心配してくれるスタッフ達に返事でもすれば涙腺は決壊しそうだ。

「ちょっと…っ、一人にしてもらって、い…っ?」

誰とも顔を合わせられないまま、向井さんも、スタッフ達も皆黙って楽屋を出てくれた。

耐えられない。
あんなヤツともう話したくない。
ほんの少しも触られたくない。

その場にずるずると座り込み、声が漏れない様口を押さえる。
何で。どうしてあんなヤツに泣かされなきゃならないんだ。
悔しいから我慢してみせたいけれど自分がコントロール出来ない。
こんな事ぐらいで泣くなんて馬鹿だと自分を叱咤しても、訳を懸命に分析してみようと思っても。

「ふ…っ、く……うぅ」


泣いたら気分が少し軽くなった。
頭はぼーっとして、涙の理由を考える力も無い。

「疲れた」

鏡には赤い目の情けない男が映っている。
このままじゃ人と顔を合わせられない。
着替えを済ませてから顔を洗い扉から顔を出すと、すぐ横に皆並んでいて思わずびくついてしまった。
聞こえてた?とも聞けず、そのまま顔を引っ込めるとくすくす笑われた。

「今、小動物居ましたね」
「巣に入ってもいいんですかね?」

何も聞かずに笑ってくれる皆が好きだ。


帰りの車中、向井さん運転の二人きりの空間は沈黙が続いていた。
嫌いな人は視界にも入れたくないと言っていた事を思い出して不安に襲われている。
関心が無くなれば、最低限仕事に必要な会話くらいしか無くなるかもしれない。

「怒らないの?」

それなら怒ってくれた方がずっといい。

「怒ってますよ?でも、寛人さんには怒っていませんから」
「何で?だって約束」
「そこまで縛る事は私には許されません」

約束を破ったのに、と最後まで言わせてはもらえず、柔らかい印象の強くなったトーンで続ける。

「春日寛人というアーティストを支え、二人三脚で共に歩んでいくのが私の役目だと思ってます。誇れる仕事だと思います」

仕事に恵まれた、幸せ者だとまで言ってくれた向井さん。
今、一つ一つ丁寧にその心の内を語ってくれている。
嬉しくて心拍数が上昇するのを感じながら、その言葉を逃したくなくて声に集中する。

「佐伯さんの事も後で反省しました。寛人さんにあんな態度……マネージャーとして失格じゃないかと」

希望が、崩れる。
幸せに感じていた空気も何も全部が、自分の勘違いだったんだ。
マネージャーとしての愛情を都合よく捉えていただけだった。

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