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シリーズ・短篇

何故生放送でこの話題にするのだろう。
生でなくても苦手なものは苦手だが、番組サイドはどうしても俺を困らせたいのかと卑屈な考えに捕われててしまう。

観覧の人も入って居るし、ここまで来たらもう腹をくくるしかない。
いや、正しくは観念しようと決心しただけだ。
皆が言う様に彼女が居ないのは事実なんだし、向井さんとはデートをした事も無ければ手だって繋いだ事すら無い。
そりゃあキスは何度かされたけれど、どちらも付き合おうと言った訳じゃない。
ただ互いに想いを認識しているだけだ。
それが事実だ。


例の質問が司会者の口から出ると客席から歓声が上がる。

「デビューしてから一度もそんな話を聞かないですよね?バレてないだけですか?」
「いや、バレる様な事自体が無いですから」

そんな事無いでしょう、と予想していた返しに安心する。

「本当に彼女も好きな女の子も居ないです」

客席で、えー!?と疑いの声が揃う。

「いや、一緒に居てもつまんないですよ?喋りませんからね!?」

笑いが起きたのは納得したという事なのか。
何とか乗り越えられそうだと思ったのも束の間。

「なら好きな人のタイプは。どんな人を好きになります?」
「好きなタイプ……はぁ」

折角平静を装って顔に出さないで来れたのに冷やかす様にまた声が揃い、恥ずかしくなって吹き出してしまい、うつ向く。
それにもきゃあきゃあと反応されて更に追い込まれるし、生だからさっさと答えたいしでもう冷静になれない。
面白そうに笑っているスタッフ達は狙い通りなのかもしれないが、歌の前にこんな状態でいいのか。

司会者もそれのままでは済ませまいと追求してくる。

「じゃあこれをされたら弱い!オチる!っていう事は?仕草でもいいし」
「オチる?」

どうしよう。
向井さんしか浮かんでこない。
向井さん以外には惹かれないし、だから基準が向井さんになってしまう。

「あーどうしよう」

早く答えなきゃいけない。
早く答えて済ませたい。
戸惑い、手の甲で口元を隠す。
司会者もスタッフも笑っているし観覧の人達も甲高い声で叫ぶ。

「笑われたら!にこって笑われたらドキッとします」
「えー!?それじゃお客さん許さないでしょう、ねぇ!?」

言ったのにまだ許してくれないのか。
そしてお客さんも盛り上げないでくれ。

「ぅあ……じゃあ」

こう、と自分の頬に手を添える。

「されたら何でもいい!」

爆発する歓声すら恥ずかしくて、触った頬が熱い。

「何でもいい!?」
「何でもいいって言うか、そうされたら恥ずかしいので……好きになるかもしれませんっ」

好きになるのは向井さんだけだ。
向井さんがそうして触れてくれるから嬉しいし、もっと好きになっていく。

そして俺は懲りずにまただらしなくふへっ、と笑ってしまう。
歓声の中、歌のスタンバイへと促されステージへ移動しながらふと気付いても遅い。
あれだけ言われていたのに。
そんな風に笑うのはやめてくれと何度も言われていたのに。

ギターを手に、今は忘れようと必死に歌に集中する。


ずっと自分で独りで居る事を選んで来たのに、それは自分のせいなんかじゃないと被害者を装っている。
どうせ誰も理解出来ないくせに、と人のせいにして逃げた。

子供の頃からちゃんと話を聞いてくれる大人は居なくて、この世界に入って初めて認められた気がした。
この人ならと信じて秘密を話した友人も、結局上辺だけわかった振りをして合わせていただけだった。
不用意に信じてはいけない。
佐伯だって、決して気を許してはいけない人間だ。

自分を理解して、支えてくれて、信じられる人達が周りに居る。
心配して、怒って、想ってくれる人がそばに居る。
それだけで構わない。

曲が終わり、やっぱり懲りずに照れて笑ってしまう。
向井さんを想うだけで幸せになれる。
向井さんが居るだけで満たされている。
これは向井さんにだけの笑み。
向井さんにだけの想い。

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あきゅろす。
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