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シリーズ・短篇

「今は幸せみたいだって聞いて、ホッとしたんだ。あの時は、その……。オレはガキだった。今じゃ悪いことしたってよくわかる」

じんわりと。
胸をくじる。
動揺で手が震えそうになるのを隠したくて、エリオの胸にすがった。
薄いシャツ越しの筋肉質な胸板。
その高いぬくもりを感じて、指先の冷えを認識する。

「ちゃんと顔を見て謝ろうと思ったんだ。それと、お前が本当に幸せなんだってとこを見て、安心したくて」

酷いことをしたと、彼は何度も謝った。
改めて名乗らなかったし、こちらも思い出せないその名前を確認しようとしなかった。
顔もはっきりとは一致しない。
けれど、泣いて『イリス』を訪れる原因をつくった相手だということはわかった。
許されたくて来た彼に、意地悪な気持ちは湧かない。
それは彼が言うように、今の自分が幸せで、満たされているからだろう。
このぬくもりを伝えるエリオによって。

笑顔で快くもう気にしてないと言うと、強張りがとけた顔で彼は帰っていった。
幸せにな。と、言い残して。

脱力して寄りかかると、大きな手が背中をさする。
どんな人でも、エリオの安心感には敵わない。

「もう出るか?」
「うん……」

店を出て、エリオと二人になりたくなった。


「リコ」

家に送ってくれるまで。
それまでに気持ちを整理して伝えたかった。
返事のかわりに視線を合わせると、ほんのり優しい表情があった。

「家に来るか?」

これまで一度も誘われたことがないので、ミステリアスなエリオだから自宅には人を入れない主義でもおかしくないと思っていた。
だから咄嗟に言葉に詰まる。

「恐いなら無理にとは言わない」

エリオはリコが何を恐れると考えたのか。
彼と過ごす時間は楽しくて、満足してしまっていて、新しい恋を探そうという気分にならなかった。
そういった欲求も薄い訳には、人との行為を知らないことがあるのかもしれない。
快楽を知らないからというより、その行為を好きになれるかわからないという恐怖心から。
自分でも意識して考えたことがなかったことを、エリオは考えてくれている。
そしてリコの気持ちの変化を悟り、ようやく自覚したばかりのその正体を既に受け入れてくれている。
こういうのが大人の世界なのだろうか。
「いつのまにか好きになってたみたい」とか、「僕のことどう思う?」とか、「付き合ってください」とか、そんな言葉の確認作業などしないのだろうか。
これがエリオの答えだと思ってもいいのだろうか。
だってエリオは行為目的で相手を見つけるなんてことはしない。
そりゃあエリオのすべてを知っているわけではないけれど。

「僕は……エリオの、特別だよね?」

うっとうしいかな?と思いながら、やっぱりどうしても聞きたい。
エリオの声で、嬉しい言葉を聞きたい。

「俺の特別はずっとリコだけだったろう?」
「うん」

ずっと。
ずっとって言ってくれた。
喜びを噛み締めて、エリオを見上げる。
と、間抜けに口を開け、目を丸くした。
エリオがふんわりと、優しく、甘く、微笑んでいたから。

「エリオ」

衝動を抑えられなくて、抱きつく。
背中にエリオの腕がまわると、それだけで身体中に幸福感が満ちる。

「すき…っ」

告白する時、言葉は計算で口にするものではないと、エリオも考えていたのだろうか。
想いが溢れて言葉になるものだと。

「リコ」

髪にキスが降る。
溢れる想いが十分に言葉にならない時、触れ合いが力を持つとエリオは知っているのだろう。
リコがその方法を試みるには無知だから、エリオのように愛情を伝えるには、拙いながらも言葉で表すしかない。

「エリオと一緒に居たら、僕はずっと幸せ」

例え家族に拒絶されても、エリオと一緒なら未来が明るく感じられる。

「俺もだ、リコ」

胸が震える。
エリオの心に触れられた気がした。
もう少しリコが精神的に成長したら、エリオがそうしてくれたように、その心に寄り添って、支えることができるだろう。
今はわからない、エリオの影を。

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あきゅろす。
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