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シリーズ・短篇

あれから数日、一度も佐伯には会っていない。
向井さんと想いを確かめ合う言葉だって一度も無くても俺の心は満たされているし、ハッキリ付き合っていると言い切れない微妙な関係でもそれで構わない。
ただ想いが通じ合って、こうしてそばに居られる事が嬉しい。


移動車の一番後ろで靴を脱いで椅子の上に座り、自分のノートパソコンで公式サイトの掲示板への書き込みに目を通す。

「わぁ……あのプリンの話したやつもう流れたんだ」

分厚い手帳を開いてペンを走らせている向井さんは一つ前の列に座り、顔を上げずに昨夜流れましたけど?と答えた。

「俺って本当に笑わないんだな」
「何ですか、今更」
「貴重だ、って」

自分としては結構明るくテンションを上げて喋っているつもりだったけれど、歌っている時と違って眉間に力が入っていないだけだった様だ。
孤独を歌うと言われているその曲を笑って歌う訳にはいかないから仕方ないとしても、笑ってないんだったら自分はいつもどんな顔で喋っていただろうか。

「まぁ笑顔は見られませんが、自然ですよ?時折油断してあどけない顔をされますよね。二十六の男性の割に幼く見えるのが可愛らしいんですよ」

考え込んで半ば愚痴の様にぶつぶつ喋る自分に、手帳を閉じたその視線がちらりと向く。
ファンの意見なのだろうが、個人的な思いもそこに込められていたらいいのにと考えてしまう。
仕事モードの淡々とした話し方は冷たく聞こえても、佐伯の時の様に熱くなってくれた事を憶えている。
ふへっ、と思い出してだらしなく笑う。

「それ」
「ん?」
「その顔です」

目が合ったまま固まる。
またも赤面させられてぎこちなく視線を落とした。


向井さんにだけの特別な顔は見せないでと言われていたのに、今日の生放送でそれを守れそうにない。
トーク部分でよりによって恋愛について聞かれる破目になってしまった。
結婚してもおかしくない年齢なのに、デビュー以来浮いた噂も無い事を突っ込まれる。
恋人ではなく彼女という言葉を使ってくれたのがせめてもの救いだけれど、なら好きな人ぐらいは?とか好みのタイプは?なんて聞かれたら大いに困る。
こんな話は苦手だから、と困って動揺するのをスタッフ達は笑う。


「やだぁ…っ」

情けないだとか男らしくないだとか、もうそんなの関係ない。
本番までの時間、楽屋の机に突っ伏して泣き言を吐く頭上からスタッフ達の笑い声が響く。

「観念しましょう!」
「彼女は本当に居ないんだから、ね!?」

面白がっている。
彼女は、と敢えて強調する辺り物凄く楽しんでいる。
そしてこんな大変な時に再びやって来た敵、佐伯。
泣きっ面に蜂という言葉を使うのに今ぐらい相応しい状況は無い。
何故前もって見ているなどと、それも丁度向井さん不在を狙って言いにきてしまうのか。

「ネットで春日の動画見たらさぁ!すげぇかっこよくて!見てても細いって思ったけど、やっぱ実際会ったらもっと細いなぁ」

ちゃんと食ってんの?
食事に気を付けてるとか?
ダイエットなんてしてんの?
筋肉ついてんのか?

いい加減周りも違和感を抱く程体についてばかりで、絶えずあちこちを触られる。
こうなったら触る為にしつこくその話題を引っ張っているんだと思っても自意識過剰だとは非難されないよな。

「失礼。本番前で集中したいので遠慮して頂けますか?」

佐伯との間を遮った、分厚い手帳を持つ腕。

「あぁ……あ、そっか。すいません」

向井さんの言い方が強めだったからか、悪いな、と目を合わせると案外あっさり出て行った。

「いくら昔のお知り合いとはいえ、ご自分でもハッキリ断って頂かないと」

また流されて思うようにされていた事で怒らせてしまった。
謝る前にスタッフ達が向井さんは過保護だと笑って和ませてくれて、自分はこの人達に支えられてここに居られるんだと感じた。
そしてそんな思いを歌詞に留めておきたいとも。

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