シリーズ・短篇 12 まどろんでいる目の前に、ころんとオレンジが転がされる。 反射的に受けとめると、猫だなと笑みを含んだ声が呟く。 動くものに反応したのが猫っぽくて可笑しかったらしい。 くわぁっとあくびをして、うーんと伸びをする様も猫らしく映るようだ。 「おはようございます」 イライアスは「おう」と答えて水瓶から桶に水をくむ。 そこからコップ一杯の水を差し出してくれながら、オレンジの分厚い皮に奮闘しているのを見つけた。 「かしてみろ」 「……はい」 変な意地を張らず素直に任せると、つるっと簡単に剥いてしまう。 「ほら」 「ありがとうございます」 「お前は誰かついてないと生きていけないな」 仕方ないなと呆れや諦めの様なニュアンスで嘆息を漏らすけれど、暗に俺がついててやらなければならないと言われたようで、嬉しさが笑みに出る。 オレンジを食べたら桶の水で手と顔を洗って、二人でのんびり森を散歩した。 そしてイライアスの秘密の泉で水浴びをした。 「もう少し日が高ければな」 「僕は平気です。イライアスの体温があたたかいですから」 イライアスはそうか。とだけ言って、あとは水から上がるまで何も言わなかったけれど、穏やかで幸せな時間が過ごせた。 まだ狩りへの同行が認められない子供達には、他に仕事が任される。 森で食べられるきのこや山菜、果物をとったり、薪拾いをしたり。水をくむのもそうだ。 イライアスは他の男の服を触らせたくないという理由で洗濯をさせたがらないから、子供達についていくことになったのだ。 「気をつけろ」 「はい」 返事を聞いてイライアスは満足げにうんと頷きつつも、やはり心配なのか、名残惜しそうに頬をするりと撫でる。 雰囲気を察し、イライアスへの配慮もあってか、年長の男の子は見ないように黙って顔をそらした。 「ツタ。頼むぞ」 ツタと呼ばれた男の子はイライアスと真っ直ぐに目を合わせると、その言葉の重みをしっかりと受け止めて力強く答えてみせた。 「わかりました」 子供と言ってもツタはフランシスとそう背が変わらないし、ぱっと見ただけでも筋力はフランシスより明らかに勝っている。 きっと体力や経験など他のことでもフランシスよりずっと頼れる存在なのだろう。 しかしいざ森に入ると、フランシスの胸くらいの身長の子供達まで頼りになるとは想像していなかった。 イライアスが「お前達も頼むぞ」と頭を撫でた時はまだ小さな子供達をあやしてるとしか思わなかったから、余計に己の非力さを思い知った。 それは体力だけでなく、知識も大きかった。 触れるとかぶれたり、かゆくなる植物。 食べてはいけないもの。 やってはいけないことに、行ってはいけない場所。 彼らに習うことは沢山あった。 「オレンジは?」 日のあたる木の上の方になっているのがいっぱい見えるのに、ツタ達は見向きもしない。 「その木は手が届くあたりのをとってしまったので。僕達は木に登るのがあまり得意ではないんです。特に子供は危険だから禁じられてます」 「そうなんだ……。じゃあ、僕がとってくる!」 「え、でも……。平気ですか?」 イライアスに任せられている手前、ケガでもさせたら大変だと慌てているが、大丈夫だと言ってフランシスはぴょんとひと跳びで木の枝に登ってしまった。 「わぁっ」 「すごーい!」 声を上げる子供達に手を振って、安心してもらおうと平気だとアピールする。 「下で受け取ってくれる?」 「はい!でも、どうか気をつけて!」 乗っても大丈夫そうな枝に乗って、香りのいいオレンジをひとつひとつ下へ落としていく。 「いくよー?」 「はーい!」 下では子供達が次はオレ!オレがやる!と、交代で楽しみながら受け取っている。 自分の力でも、彼らに喜んでもらえることができるのが嬉しかった。 だがやはり力では敵わない。 ツタじゃなくても大きなポリタンクを両手にひとつずつ持てるのに、フランシスはそれをひとつ持って歩くこともできなかったのだ。 だから、せめて他の物を任せてもらうことにした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |