シリーズ・短篇
8
家に居た時は考えたことがなかったが、夜寝る前にお湯のシャワーを浴びるのは大変なことだ学んだ。
アクションひとつで好きなだけお湯が手に入ることはないし、外では視界がきかない夜に水浴びすると危険だから明るい内に済ませなければならない。
そんな訳だから今の内に入ってしまえと言われると従うしかないが、イライアスの秘密の泉を特別に使わせてもらうだけでなく、彼を見張りに使うだなんて贅沢すぎて申し訳なくなる。
「俺はここに居る」
「はい」
少し離れた獣道の中で後ろ向きに立っているのを確認して、服を脱ぎはじめる。
着替えはしたが家を出てからそのままだったから、汗を流せるのがありがたい。
泉に足を浸すと思わず声が出た。
「ひゃあ、つめたいぃ」
「それでもマシな方だ。夜はこごえるぞ」
夜を避けるのは温度の問題もあるようだ。
冷たさを堪えてゆっくりと身を浸す。
「この後、男達が買い出しに出掛ける。お前も一度ついていけ。顔見せだからくっついて歩くだけでかまわない。荷物持ちとしては期待してない」
「顔見せ……?」
「お前が俺達の群れの一員だと見せつける。猫に見えるが、お前はやはり体格が少し大きいし……目を引く。そうやって牽制しておけば、ある程度の安全は確保される」
柄の悪い犬達に絡まれた時はすぐにイライアス達が助けてくれたから本当のスラムの恐さを知っているとはいえないが、スラムではいつでもああいった危険な目に合う。
だが、狼の群れの者と知って手を出すのはよほどの悪か愚か者か。彼らはそう言われるほどの強さを誇る。
そして同じ貧民窟に暮らしているといっても狼が犯罪に走ることはないし、どこの群れも自給自足している狼達のおこぼれをいただく者は少なくない。
そういった意味も含まれる。
生きていくのに厳しい環境で、フランシスは運よく強力に頼もしい彼らと出会え、庇護を受けることができたのだ。
「ありがとうございます。僕も早くできることを見つけないと」
「それなんだが。お前、読み書きができるだろう」
それが特別な能力だと意識したことがなかったので、言われてはじめて気付いた。
「はいっ。僕、教えられます。そっか、手紙の代筆だってできそう」
「頼む」
「はい!」
できることが見つかってホッともしたが、彼らの恩に報いることができる嬉しさが強い。
「それと今日見て思ったんですけど、畑仕事とか、洗濯も、ぅわ!」
木の根を踏んで足を滑らせてしまい、一瞬で世界が水中に変わる。
ほんの数拍のはずが、やけに長く感じた。
熱いと感じるほど高い体温の手に掴まれ、ぐいっと水上へ引き上げられた。
「ぷぁっ、けっほ!」
「大丈夫か!?」
感情が表れない引き締まった表情に焦りの色が浮かんでいる。
息をととのえながら頷くのを見ると、それがホッと和らいだ。
そして気付いたように素早く目がそらされて、それに顔も続く。
動揺をごまかすように、イライアスが口を開く。
「洗濯は、しなくていい」
「え……、どうしてですか?」
他のことは構わないと言うのに何故洗濯だけダメなのか。
イライアスは感情を隠して、しなくていいと繰り返すだけだった。
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