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シリーズ・短篇

「山猫の中では出来損ないだろうと、お前はもうそこから出て、ここに居る。俺達の中では、美しい猫のお嬢サン。それだけだ」

言葉にこそしなくとも、笑みを浮かべ頷く一同のそれは明らかな賛同だ。
イライアスの言葉によって空気が和らいでいく。

一族とは姿形が違って生まれようと、認めて受け入れてくれる人達が存在することは心強く、安心に繋がる。
狼達の様な雄々しさも、イライアスの様な鋭さもないフランシスの中性的な相貌が嬉しそうにほころんで、一同の目を奪う。

「キレイな子だねぇ」
「かわいいなぁ」
「ホント。品があるってのはこういうことなんだってわかるよ」

狼に使われることが少ない賛辞が、フランシスになら当てはまる。
女達がそんなフランシスに妬心を抱かないのは性別が違うためではない。
短い生涯の中で自分の分身を残そうとする徒人の間では同性愛は禁忌とする考えがあるようだが、獣人社会では大きな問題ではない。
種の存続を重んじることを思えば禁じられてもおかしくないが、個より群れという考えのもとでは、その群れの子孫が残る確証があれば同性愛に異を唱える者はない。
それよりも種の壁、身分違いの方が問題視されている。
相手の性別に関してはどうであろうと自然の営みであり、本能であるというのが一般的な考えなのだ。
だから、フランシスが男だから頭から恋のライバルではないと決めつけることはない。
そこで群れの男達が浮き足立つほどのフランシスを警戒して不満に思わないのは、女達が狼だから。
狼としての美しさに自信を持ち、誇りを抱いているから、卑屈になったりしない。
それにどんなに貧しくても犯罪に手を染めない狼達は、恋愛においても正々堂々と競い合いはするが、醜い争いはしない。
まだ自分と競うと決まったわけでもないのに、嫌う理由などないのだ。

採寸を終えると、足は森へと向かう。
集落の生命線となる水源を案内される重要性を理解すると、緊張感が高まる。
だが美しい泉を前にしたら一瞬で吹き飛んだ。

「わぁ、すごい!」

一分の濁りもない湧き水がきらきらと輝いている。
思わずひざまずいて覗きこむ。
底で揺らめく水草がなければ水があるとは思えないほどの透明度。

「きれいですねぇ」

首肯ひとつの動作も自信に満ちて、ついてこいとあごで示すだけで黙って従わせる威厳に溢れている。

茂みを少し分け入ると、細い獣道が出現した。
その奥には先ほどの水源とは別の小さな泉があった。
ぐるりと木々で囲まれていて、泉の中にも太い根が張り出している。

「こういった大小様々な泉がこの森に点在している。その中でもこうして隠された場所を水浴びに使うんだ。ここは俺専用で、群れでも知る者はそう多くない」
「えっ、いいんですか?僕に……」
「かまわない。ここを使うといい」
「そんな…!」

イライアスがどれだけ皆に慕われ尊敬される素晴らしいリーダーかを、少しは理解したつもりだ。
知る人が限られているのはそれだけ防犯面を考えて用心しているということだろう。
それを拾ってきたばかりの山猫に教えてしまうことには驚きだが、イライアスしか使わない場所を使わせてもらうだなんて恐れ多い。

「いいから、使え」

わずかに強められた語気と視線で、強引に納得させられた。
どうして、特別扱いをしてくれるのか。
みんなと違う山猫だから?
そんな卑屈な考えにとらわれる。
けれどイライアスはそんな理由で差別しない。
だから、聞かずにいられなかった。

「どうして、僕だけ……?」

不安な気持ちが表れていたのだろう。
なぐさめるように腕を撫でる仕草が優しい。
待っても、それ以上の答えはもたらされなかった。

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