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シリーズ・短篇

どう言おうか考えて変な間が出来る。

「言いづらい事でしたら、いつでも待ってますのでご自分のタイミングでおっしゃって下さい」

口調がマネージャーに戻るのを感じて、さっきまで一人の人間として、向井さん自身でぶつかってくれたんだと後から実感して妙に嬉しくなった。
だから尚更隠しておきたくない。

「何となくそう感じるってだけだけど、多分俺の事……気付いてると思う」
「何をですか?」
「俺が……その、どんな人しか好きになれない、とか。そんなの」

感じるというだけで実際確証も無いし、いざ口に出して言ってみると馬鹿馬鹿しく聞こえる。
なのに向井さんは真面目に耳を傾けてくれるばかりか信じ、認めてもくれる。

「元から彼にその気があったから気付いたのか、気付いたから言い寄ってきたのかは知りませんが」
「言い寄ってきた!?」
「え?……見ていてわかりましたけど、寛人さんは気付かれてるだけだと思ってたんですか?」

図星だから何も言えない。

「寛人さんは当時から音楽漬けだったんでしょう?他の事には興味が無くて、進んで友人を作ろうとも思わなかった。目立つのは向こうだったのにずっと憶えていたじゃないですか」

ズバズバと反論出来ない事ばかり言われている気がするが、ADになってから気付いたと言っていたし、別にずっと記憶に残っていた訳でもないと思う。
忘れていたけれどたまたま俺のプロフィールでも見て同じ中学だと気付いたとか、十分に考えられる。

「プロフィールには最終学歴しか掲載していません」

俺の提示した可能性はバッサリと切り捨てられた。
なら、同い年に同姓同名が居た事ぐらい誰でも思い当たるだろう。

「寛人さんはろくに話した憶えも無い仲良くもなかった人間の名前をきっちり記憶されていますか?少なくとも私は顔すら思い浮かびません」

万策尽きた。
あと他に佐伯が俺に気があるというおぞましい仮説から逃れられる術は無いのか。

「そうだ、向井さんは佐伯が俺に気があるって決め付けたいだけなんだ!本当はそんな事無いのに嫉妬して」

嫉妬しただなんて口にしてハッとする。
向井さんの気持ちが確認出来た嬉しい事だったのに、自分は今、嫉妬が原因で不快に感じていると言ってしまった。

「勿論、嫉妬はしています。だから貴方に気があると決め付けたいのではなく、あの男が貴方に気があると客観的に見てもわかるから嫉妬しているんです。何なら貴方の事を知っている他のスタッフにも聞きますか?」

身近なスタッフは俺が何を知られてはいけないかを知っている。
あの場に居て見ていた彼らも向井さんと同じ印象を受けたのならもう逃げられない。

「申し訳ありません。向きになって言い過ぎました」
「俺も……ごめん。ちゃんと、わかった。気を付ける」

と言いつつも、まだ佐伯が何で自分の事なんて好きになるのかわからない。
人を好きになるのに理由は無いのだろうが、佐伯はクラスの中心になるどころか学年でも目立つ存在だったし、だから教師にも生徒会に立候補しないかと勧められた。
明るくて顔もいいのに馬鹿な事を言ってふざけたりして、女の子は勿論男にも好かれるヤツだった。
音楽を自分の仕事にしたいと思っていた自分より、あんなヤツが華やかな芸能界には向いているんじゃないかと思った。
けれど実際には同じ業界とは言え佐伯は裏方になり、自分は表に立っている。
周囲と仲良くやっていく事が重要だと思っていなかった自分が。

これからは色んな意味で警戒しなければならない。

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あきゅろす。
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