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シリーズ・短篇

助かったのか次なる危機が訪れただけなのかわからないが、先程の犬より大きい人達なのは明らかだ。
見上げる首の角度が違う。
暗い中でも筋肉質でがっちりとした体つきなのがわかる。
数で不利だからだけでなく、同じ人数だったとしても力で敵うと思えない。
何より力に裏付けされた自信が威圧感を放ち、見る者に畏怖を与える。

「夜中に何してる。ここが何処かわかってるのか?」

後方から進み出て冷たく見下ろした人物が、低い声でフランシスを非難する。

「わかってます……」

弱々しく発した答えを聞くと、怪訝な顔をした面々の視線は一斉に一人に注がれる。
彼はそれでも動揺することなく、堂々とそこに存在する。
彼が頼られる人なのだと察せられた。
そして彼が動くと周囲が何かあった場合に備えて警戒して身構えるので、尊敬される人物なのだとわかる。

「わかっているとは思えないな。身ぐるみ剥がされるところだったんだぞ。それだけで済めばいいが、アンタの場合無理だろうな」

馬鹿にしたようなくすくす笑いは同意するもので、更にフランシスの様子がわかってなさそうだと言って嘲笑する。

「上等なのは服だけじゃないってことだ」
「さっさとおうちに帰りな、おキレイなお嬢サン」
「犬に食われちまう前にな」

下品な笑いや揶揄に腹を立てている状況ではない。
フランシスは、彼らのリーダー的存在と思われるその人にすがるしかなかった。

「あの、僕……行く場所が、無いんです」

笑い声がぴたりと止まり、冷ややかな空気が漂う。

「家には帰れない。だから」
「甘えるなよ。そんないい服着せてもらっておいてよォ」
「家があんなら戻りな!気まぐれに家出したってだけでアンタみたいなのに来られても迷惑だ」
「ナメてもらっちゃ困るぜ、お嬢サン。こっちは毎日生きるのに戦ってんだ」

彼らにしてみれば、上等な生地でつくられたスーツを着られるような家に生まれながら出てきたなんて世間知らずだと思うだろうし、馬鹿にしてると思われて当然だろう。

「なっ、オイ!何してる!」

身一つで出てきたつもりだが、まだ持っていた。
ジャケットを脱いで、シャツのボタンを外しはじめた。瞬間。ぐいっと襟首を掴んで引き寄せられ、再びがくんとあごが上がる。
彼は、たったそれだけの動作ひとつで動揺する一同を黙らせた。
突き刺さるような鋭い視線が、何のつもりだと静かな怒りに燃えている。

「だって……」

何故か、熱く視界が揺らぐ。

「この服を着てるとここに居られないなら要らない」

声まで揺らぎそうになるのを堪えながら、何とか見逃してもらおうと訴える。

「お願い……。本当に、帰れないんです。気軽に家出したわけじゃない…!だって、僕は…っ」

じわりと滲んだ涙が溢れそうになって、声が詰まる。
それを彼は容赦なく、だって何だと問い詰める。

「だって……」

情けない涙声と一緒に、熱いしずくが頬に伝う。

「僕は、死ぬべきだった。ずっとずっと、一族の恥で……。殺されるはずの、出来損ない…!僕は、はじめから…っ」

母にぶつけた時は怒りで燃えていたのに、今改めて言葉にしたら泣けてきて、止まらなかった。
胸ぐらを掴んだ手は乱暴だったのに、あごを掴むもうひとつの手は優しく、高い体温が冷えた頬の上をすべっていく。

「俺には美しい猫に見えるが……?」

シャープな縁取りの目がフランシスを見つめる。
そこには怒りも侮蔑も無い。

「僕、本当は、山猫で……」

息を呑み、どよめくのが耳に入る。
驚くのも無理はない。

「僕はただ、僕に生まれただけだ…!ただ他の山猫と違っただけで!なのに……なのに…っ」
「名前は?」

滲む視界を拭い、目の前の顔を見つめ返す。

「名前だ。何ていう」

もう一度問われ、戸惑いながら名乗る。

「フランシス、です……」

静穏な響きで「そうか」と頷くと、彼は襟首を掴んでいた手を解き、フランシスが倒れないように気遣ってしっかりと背に腕をまわして支えてくれた。
腕を掴んで、ゆっくりと座るのをサポートしてくれた。

「すみません……」

涙が落ち着くと途端に羞恥が生まれ、じわりと熱くなる頬を慌てて拭う。

「服を拾え。そいつはここじゃあ目立つが、暖を取るのに要るだろう。うちには暖房なんてもんはないからな」

聞いていた中の一人がフランシスを連れて帰るのかと驚きの声をあげたが、一人がシッ!と黙らせ、皆彼の言葉に従った。

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あきゅろす。
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