シリーズ・短篇
2
怒りが体中から溢れ出し、足取りにも表れる。
一体何があったのかと狼狽えて後を追う母には申し訳ないが、出て行くつもりだと正直に告げた。
「フランシス…っ、出て行ってどうなるというの。これまでなんとかやってきたじゃない。今投げ出してしまったら…!」
「お母様。お許しください。僕は出て行きます」
怒りで冷静さを失っているのは明らかだが、引っ込みがつかず意地になってるわけじゃない。
人格を否定され、存在を疎まれてまで“家”に執着し続ける気はない。
「遅すぎたくらいです。お父様は最初から……僕が産まれた時からずっと“出来損ない”を殺したいと思われてたんですから」
産んでくれた母には酷だが、あえて過激な表現で事実を口にした。
「僕が居なくなっても……。いえ、居なくなった方が、我らにとって都合がいい」
言いながら、その“事実”を悟る。
ひとつの“家”に男子の後継ぎが居なくたってそう大きな問題ではない。
重要なのは一族の血統。種の保存。
個や家という小さな単位ではなく、一族。山猫という種といった大きなグループで子孫を残そうと考えるのが獣人。
であるからこそ、フランシスのような出来損ないは消えた方がいい。
血統。矜持。種の存続。
それらは個よりずっと尊い。
道端の猫が見向きもされず死んでいくのも、フランシスのような突然変異体が排除されるのも、獣人の本能がなす自然の営みだ。
フランシスの言葉に反論できずにぐっと言葉に詰まったのは、母もそれをわかっているからだった。
だから、むしろお礼を言うべきだ。
「これまで、ありがとうございました」
群れを出て、これからは一人で生きていかねばならない。
この衝動は過ちではない。
「フランシス……」
母に背を向け、身一つ。
二階の自室の窓から暗い外界へと飛び出していく。
恐がったって仕方ない。
これが我々の本能。正しい道の選択なのだから。
闇夜を当て所もなくさまよう。
歩いて、歩いて。
家から離れた、遠い何処かへ。
運命の行方を悟った時に怒りは消えた。
行く先へ踏み出させる自然の力を前に躊躇いはなく、不安や恐怖を抱く間もない。
街中の大きな通りで物乞いをする者はスラム街からやって来る。
フランシスも、自然とそちらへ足を向けていた。
公園を見つけて、ふらりと立ち寄る。
少し休むつもりで芝生に腰を下ろしたが、このまま大きな木の根本で一晩を過ごしてもいいかという気になった。
落ち着いたらこれから先どうなるのかと考える余裕が生まれ、ようやく漠然とした不安が追いかけてくる。
何をどうして日々生きていけばいいのか。
そう考え始めたところで、もう初めての試練が訪れたようだ。
目の前に人影が複数。
「見ろ。やっぱり、上等な服を着てるぜ」
「どういった訳でこんなスラム(ところ)に迷いこんだか知らねェが、ここにはここのルールがあんだよ」
乱暴に胸ぐらを掴まれて、強引に膝立ちの格好にさせられる。
がくんとあごが上がり喉をさらすかたちになって、頭を支える体力もなかったのだと自覚する。
抵抗する気力もなく、なかばなげやりに相手の顔をまともに見やる。
体格や耳としっぽの特徴から犬に見える。
本来、山猫は身長だけなら犬に匹敵する。
しかしフランシスは山猫にしては小柄な方で、体型にしても猫に間違われても文句は言えない。
その上今は心身とも疲れきっている。
力で勝てないのは明らかだ。
そう諦めて無抵抗なのが功を奏したのか、犬達は暴力をふるおうとしない。
どころか、ハッとして互いに顔を見合わせた。
もしかしたら、山猫だと気付いたのかもしれない。
「何してるんだ」
犬達が振り向くと、いつのまにか背後に何人か大きな人影があった。
犬達が焦った様子で手を引いた拍子に、フランシスの体ががくりと崩れ落ちる。
彼らの仲間が来たのかと思ったが、犬達はぴりぴりと攻撃的なほどの警戒心をあらわにしながら、静かに距離をとりはじめる。
「行け」
悔しげにしながらも、犬二人に対して五人と数で勝てないと判断したのか、しっぽを巻いて逃げていった。
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