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シリーズ・短篇

エヴァンは目を覚ました時に、同じベッドに人の気配があるのを感じてびくりと脅えた。
しかしそれがジェシーだとわかると、ホッとして体の力を抜いた。

「おはよう、エヴァン」

優しくてかっこいいジェシーがそばに居てくれる事だけが、この喜びの理由ではなかった。
こんな平和な気持ちで目覚めるのは久し振りだった。
穏やかな気持ちで「おはよう」を言うのも、ずいぶん久し振りだったのだ。

朝食を早く終えてしまっても、ジェシーは席を立たずににこにこしながらエヴァンを眺めていた。
いつもならのろのろ食べていると罵られ、機嫌が悪い時など途中でも取り上げられることもあった。
なのにジェシーは、急がなくてもいいと言ってくれる。

「今日は少し、出掛けてくるからね。お留守番してて?」

エヴァンが食べ終えるのを待って、ジェシーはにこやかに切り出した。
エヴァンが頷くと彼も笑って頷いた。

「仕事の間、僕が居なくても簡単に調理して食べられるものを買っておかないとね。お昼だけだから、我慢して?朝と夜は一緒だから。でも、夜が遅くなった時は待ってないで先に食べてもいいんだよ?」

そこまで気を配られることが新鮮で、エヴァンは戸惑いを覚えた。
勝手に冷蔵庫を開けたり物を食べると怒られるので、エヴァンは親子が居ないと何も食べられなかった。
居たとしてもわざわざ地下室へ運んでくれるということは無く、様子を見てねだりに行かねばならなかった。

「そうだ、エヴァンの服も買わなきゃねっ。それは後で二人で出掛けた時に一緒に選ぼう。エヴァンが気に入るものがいいからね」

エヴァンが自分で気に入ったものを選んで手に入れるということはまずない。
まして買う、など。
すべては親子に施されるだけだった。

「だけど、そっか。急に人がいっぱい居る場所に行ったらこわいよね。それじゃあまずは、二人でネットショッピングかなぁ?待っててね。帰ったらパソコンでエヴァンの服を見よう」

ジェシーはとても楽しそうに声を弾ませていた。
エヴァンにはそんな日常のやり取りも心が満たされるようで、幸せなことだった。
誰かがこうして自分と顔を合わせる時に微笑むなんてことは、長らく無かったことだったから。
誰かを笑顔で見送って、それを寂しいと思うことも、その帰りを待ち遠しく思うのも。
ひとつひとつが、幸せなことだった。

エヴァンは留守中、ジェシーが幼い頃読んでいたという数冊の絵本を繰り返し読んでいた。
昼前にジェシーが帰ってくるまで、何度も何度も。

ドアが開いて物音がしても、エヴァンはすぐ出迎えには行けなかった。
まだ恐怖の影が拭えずに、ソファーで縮こまっていた。
ジェシーの顔を見てようやく安心してから、微笑みを浮かべて出迎えた。

「ただいま、エヴァン。お昼にする前にね、エヴァンにプレゼントがあるんだよ。はいっ」

大きな紙袋から出てきたのは、茶色いテディベアだ。
ぱっと咲いた驚きまじりの笑みに、ジェシーの相好も崩れる。
ぱかっと口を開けたまま、きらきらした目がジェシーを見上げる。

「何かにしがみついたり触ってたりする方が落ち着くようだから、エヴァンにお友達を連れてきたんだ」

目の前へ差し出されたテディベアを、両手で大切に受けとる。

「くまさんっ」

くまを立たせるとエヴァンの座高ほどもあり、エヴァンが抱えるとむしろくまに抱き締められているようだ。
タオル地で触り心地もよく、エヴァンが抱っこするのを考えてのことだとわかる。
首につけた大きめの鈴がコロコロ鳴って、エヴァンはくまを揺らして音も楽しんでいた。

「気に入った?」
「うん。ありがとう、ジェシー」

それからエヴァンは昼食時はくまを隣に座らせ、その後もずっと抱っこしていた。
時折嬉しそうに眺めてみたり、揺らして鈴の音を楽しんでみたり。
そんな姿をジェシーも喜んでいた。

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