シリーズ・短篇
2
投げ掛けられた言葉の意味は考えず、優しくてかっこいい彼のもとへ行きたいという思いで這い寄った。
が。
「ジェシー」
突如現れた人物と声に驚き、エヴァンはひゅうっと息を呑みぺたんと座り込んだ。
そしてがたがたと震えだしたのを見て、彼は慌てて振り返った。
「ダレル!待て!出ていてくれっ。彼が脅えて出てこられない」
数歩下がってロフトを見上げ、そこに震えるエヴァンをみとめたダレルは、ジェシーと目配せをすると黙って退出した。
目にいっぱい涙をため、かちかちと鳴る歯の隙間から震える息がこぼれる。
そんなエヴァンを見やり、ジェシーはもう一度やり直しだと苦笑をもらした。
やわらかく波打つプラチナブロンドに、アイスブルーの虹彩。
相手は、男の子……と言うのも本来ならば反発されるような、微妙な年頃の青年だ。
けれどもやはりキレイな子だと、ジェシーは見惚れずにはいられない。
「ねぇ。自己紹介しよう。僕はジェシー」
震える唇がその名前の形に動く。
にこりと浮かべた微笑みはエヴァンを励まし、答えを引き出した。
「エ、エヴァン……」
「そう、エヴァン。出ておいで」
エヴァンは腰を上げたが、警戒して室内を見回す。
そして脅えた目が本当に大丈夫かとジェシーに問う。
「大丈夫だよ?今、家の中を友達のダレルと見てきたからね。僕達の他には誰も居ない」
改めて出ておいでと言われて、エヴァンはようやくロフトから降りた。
「よし。いい子だ」
がんばったね。と褒められて、エヴァンはこくりと頷いた。
「エヴァン、よく聞いて?今から僕の家へ、僕と一緒に行こう。そこはおじさん達は知らないし、エヴァンが隠れてても捜しに来られないから。誰もエヴァンがそこに居るって教えたりもしない。安全な場所だから、ね?」
じっと耳を傾けて話を理解したエヴァンは、その救いの手にすがりついた。
「……行く」
「よし、行こう」
決まるとすぐにジェシーは動き出した。
報復は恐ろしい。が、解放は願ってもない喜びだ。
とはいえ逃げ出すという一大決心に不安や恐怖は拭えない。
しかしそれもジェシーが手を繋いでくれたことでいくらか和らいだ。
「ダレル。連れていくから、先に車で待っていてくれ」
ジェシーは廊下へ自分だけ首を出して友人へ告げた。
エヴァンは身をかたくして聞いていたが、それを察してジェシーはその背を擦った。
「平気だよ。外に車があるから、それに乗って僕の家に行こう。ダレルが運転してくれる」
口内でダレルの名を繰り返し、彼がジェシーと共に助けてくれる親切な友人だと覚える。
「はい。エヴァンのだよ?」
足下に置かれたのは、ゴム製のピンクのサンダルだ。
初めて見る真新しいそれは、恐らく彼が用意してくれたものだろう。
エヴァンは何も言わずにそれをはき、いい子だと褒められるとまたこくりと頷いた。
エヴァンはジェシーの腕にぴったりとしがみついて車へ乗った。
車中においても、エヴァンは極度に何かに脅え、隠れようとしてジェシーの背とシートの間に体をねじ込んだ。
「出してくれ」
車がゆっくりと動き始めると、エヴァンは振り返って遠ざかる家を眺めた。
何年も閉じ込められていた地獄から、ようやく逃れられる。
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