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シリーズ・短篇
17
クリスは仕事中、兄の姿を目にして走り寄った。
それを見た同僚達は、彼の顔に笑みが浮かんでいるのに目を丸くした。
彼が家を出たことで、亀裂が修復不可能なところまで進行したのではないか?やら。
家を追い出されたに違いない、やら。
様々な噂がなされていたが、有り得ないだろうと誰もが思った憶測が突如有力になってきた。

「ギルバート!」

クリスを認めるギルバートの目に侮蔑の色は無く、顔をしかめたのも嫌悪からではなかった。

「子供の様な振る舞いをするな」
「はい、すみません」

叱れてもクリスは嬉しそうに笑みを浮かべて兄を見上げる。
やはり彼がとうとう身を固めることを決めたのだと、同僚達は目配せした。
彼にお見合いを用意したのはギルバートだ。
それがうまくいったからギルバートが態度を軟化させたと考えれば納得がいく。

「ギルバート。本当に、すみれと会ってもらえるんですね?信用が無いのは重々わかってますが、これだけは信じてほしいんです。せめて、貴方だけには…!」
「わかってる。何度確認するんだ」

本当に大人と子供のやりとりの様で、クリスはふふっと笑った。

「ありがとう。心から感謝します。反対されると思ってたから、僕、嬉しくて……」

いっぱいになった胸を押さえるクリスに対し、ギルバートは苦笑を向けた。
そこには決して見られなかった優しさが滲んでいた。

「これまで散々重ねてきた愚行を思えば、相手を一人に絞っただけでも大きな進歩だ。贅沢は言えん」

嫌みを言われても優しさを感じられるから、クリスはにこにこしたままそれを聞いた。

「きっと気に入ってもらえると思います。とても謙虚で真面目ないい子ですから。自分で言うのもなんですけど、どうしてこんな最低な人間と付き合ってくれたのかな?って思うくらい」

自分で言いながら可笑しくなって、くすくすっと笑ってしまうと、ギルバートもつられて笑った。
鼻で笑うようなものだったけれど、笑って話せるのは幸せな事だった。

「善良な人間には放っておけなかったんだろうよ。お前みたいなのを」

冗談まじりに会話ができて、笑いあえる。
そんな兄弟になれるとは思ってなかった。


クリスは、ギルバートと別れてすぐ恋人へ電話した。

「あぁ、すみれ。ギルバートが約束通り会ってくれるって。うん、何度もごめん。でも嬉しくって」

聞いている同僚達は、早速恋人に電話か。と呆れた。
けれどやっと兄弟の仲が雪解けムードということで、ご祝儀で大目にみるという心境だ。
何せクリスがとても嬉しそうなのだ。

「聞いてよ。ギルバートはきっと僕達を許してくれるよ。うん?そう、仕事中だよ?え?だって嬉しかったから。すぐに伝えたくて。ふふっ、わかったよ。君もこれからだろう?がんばって。それじゃあ、後でカフェでね」

どうやら真面目な恋人に仕事中に私的な電話をするなと叱られたらしい。と、周囲は目配せで笑いあう。
甘い言葉を囁いて切ったかと思えば、今度は親友からかかってきて懲りずに話し始めた。

「やぁ、クローディア!そっちはどう?そう、よかった。実はね?親友の君に紹介したい人ができたんだ。僕の永遠のお姫様だよ。だろう?僕も自分で驚いてるよ。こっちに来る時は教えて。うん、僕も楽しみにしてる。とってもいい子なんだよ」

誠実であろうとなかろうと、彼の基本的な性格は変わらないようだ。
美しい外見に似合う甘いセリフを吐き、麗しい微笑を惜しまない。
よくも悪くも、関心を集めてしまう。

自分達もそこに含まれるという自覚が無い同僚達はそこで聞き耳をやめ、仕事に集中しだした。
彼が以前よりもずっと幸せに見えることを喜ばしく思いながら。

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あきゅろす。
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