シリーズ・短篇
2
「あー……そっか、春日芸能人だもんなぁ。やっぱ敬語じゃないとマズイ…っすか?」
途中から突然話をフラれた向井さんは、営業用の笑みで全然構わないと許してしまった。
ずかずかと土足で侵入してくる佐伯の勢いに引いてしまい、この流れに戸惑いを感じる。
よかった、と安心して再び佐伯に手を握られる。
先程から腕に触ったりとスキンシップが多いのは癖なのかも知れないが、何となく嫌悪感を抱いてしまう。
向井さんの指がほんの少し頬を撫でるだけで心臓が苦しくなるくらい煩く鳴るのに。
マネージャーとしてじゃない本当の笑顔が見られた時は馬鹿みたいに嬉しくなって、わかりやすく一日幸せでボケッとしてたり。
それなのに……いや、だからこその嫌悪感。
向井さんじゃないのに、べたべた触られたくなんてない。
向井さんの事を考えてうっかり照れてゆるんだ顔を引き締め、先輩に怒られて仕事に戻っていく背中を見送った。
本当は、気付かれているのだと薄々感じている。
俺が同性にしか惹かれない種類の人間だという、決して知られてはいけない秘密を。
別に何を見られたという訳では無いし、直接指摘された事だって無い。
彼女居ないの?
作らないの?
女に興味無いの?
同じクラスだった頃にたまに話す事があったくらいだけれど、その何気無い会話の中に、彼はそれを察しているのだと思わせる探る様な空気を感じた。
何気無いスキンシップの中にも、顔色を窺う様な空気を。
その視線の中にある、俺は知っているんだという様な優越感を。
アイツはきっと知っている。
俺がそう感じている事も察して、この警戒心や恐怖心だって見抜いているのかもしれなかった。
厄介な人物が現れてしまった。
それも同じこの業界に。
歌番組の歌収録を終え、コメント撮りで一人でカメラに向かう。
笑いをとる技術は無いし、そもそも普段から話す方でも無いからトークに対して苦手意識は強い。
「相変わらず、一人寂しい生活ですが……最近ハマってる食べ物が」
こんな事本当に知りたいのか甚だ疑問だが。
「それを帰って家で一人で食べるのが最近の楽しみなんですが。それはですね」
ここまできて躊躇う。
結果的にその間が期待を煽ってしまう訳だが、客観的に見て似合わないから自分で可笑しくなって吹いてしまった。
気を取り直して言おうと思ったのに、スタッフの笑い声に誘われて笑いが込み上げる。
手の甲で口元を隠し顔をそらすと更にスタッフの笑い声は増す。
「えー…っと……えー、プリンですっ」
家で大の男が一人寂しくプリンを食べるのが楽しみってどうなんだ。
「気持ち悪いですね。似合わない。プリン」
「どんなのが……?」
「はいっ?」
カメラの横から飛んだスタッフさんの問い。
「どんなプリンが……とろけるプリンとかあるじゃないですか」
そんなにプリンについて詳しく聞かれると何だか恥ずかしい。
「それも好きですけど、基本的にはあの、プッチンするヤツ」
「可愛い〜」
笑い声に混じって女性スタッフの呟きがその僅かな隙間で届いて照れ臭くなる。
「可愛くない…!全然可愛くないです。ただ気持ち悪いだけです。大の男がプリン」
そんな訳で、と無理に終わらせてからもまだ恥ずかしい。
「この話誰が喜ぶの?」
「いやー、ファンの子喜ぶじゃないですかー」
「事務所にプリン送られてくるんじゃないですか?」
確かに好きだと言ったものや今欲しい物を言ったら、それがくる事はあるけれども。さすがにプリンまでは。
話しながら、ふと視界の中にあの男の顔があった気がして見直す。
居る訳も無いのに、まさか恐怖心が生んだ幻覚だとでも――?
大丈夫だと言い聞かせながら、不安を拭い去れないで居た。
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