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シリーズ・短篇
14
カフェに行って紅茶を飲んで、他愛ない話をして。
その間、すみれは時折不安そうな顔を見せた。
食事をする約束をして、すみれの仕事が終わってから夜にもう一度会った。

「僕、あの家を出ようと思う」
「え!?」

前置きもなく急にそれだけ告げると、すみれはそわそわと聞きたそうにしだした。
が、そうですか……と言って黙りこんでしまった。

「ふふっ。聞いてもいいんだよ?」

すみれにはどうやらギルバートとの話を聞かれてしまったようだし、情けない姿を見られてしまった。
告白だってしてくれたのに。
気になるだろうに、こちらから切り出すまで自分からは触れようとしなかった。

「家を出るって、どういう……?」
「うん。一人暮らし」

わざと誤解させるような言い方をして遊んでみたけれど、一人暮らしと聞いてほっとした顔をされてしまうと少し悪い事をしたかなという気になる。

「実は初めてなんだ。今まではこだわって彼らと一緒の家に居ようと思ってたけど、離れるのもいいかなって。家事なんかは子供の頃ずっと母を手伝ってたから、一通りこなせるし」
「お兄さんに言われたからですか?やっぱり、ご家族と……」

ギルバートに何処へでも行ってしまえと怒鳴られたのを言っているのだろう。

「ううん、そうじゃない。ギルバートは僕が淫らな生活をやめて品行方正になれば、母の影を捨てられて父に少しは見てもらえるようになるかもしれないって考えてたみたいだけど。それはムリなんだ。父は変わらない。わかってたことだけど、やっと諦められたから。家を出る決心がついた」
「お兄さんと話せたんですか?どうしてムリって……?」
「頭を下げて、機会をもらったよ。ギルバートもムリなことだったってわかったらさすがに謝ってくれた。ムダなことだったんだなって、少し落ち込んでるみたいだった」

思い出しておかしそうにくすっと笑うのを見て、話し合いがうまくいったのだと感じられてすみれは安堵した。

「それとね、すみれ。僕がギルバートに呼び出しをくらったところから着いてきて見てたんなら、ギルバートの顔も見てるよね?」
「は、はい……」

申し訳なさそうに、すみれはうつむいて小さくなった。

「一応半分は血が繋がってるんだけど、全然似てないと思わなかった?ギルバートはね、父にそっくりなんだよ」

あ、と。
すみれはその可能性に気付き、答えが予想できたようだ。

「そう。僕は、母にそっくりなんだ」

だから父はまともにクリスを見ようともしなかった。

「そんなこと、どうして気付かなかったんだろうねぇ?少し考えればわかりそうなものなのに。だけどその後に、家を出ようと思うって伝えたら『よくも悪くも家族の縁は切れないものだ』って」

クリスがにっこりと微笑むと、すみれも同じく笑みを浮かべた。

「まぁ、仕事場で会えるしねぇ。でも、嬉しかった。僕はそれだけで、とても晴れやかに新たなスタートをきれる」


何かを期待して微笑みを浮かべたままじっと見つめられて、すみれは目を泳がせた。

「あ、あの……?」

そして困っているすみれを見てクリスはくすくすと笑いだす。

「もっと大事な話を聞きに来たんじゃないのかな?おや。それとも僕はもうすみれに飽きられて、すっかり過去の男になってしまったんだろうか?」
「あっ!違うんです。心配が無くなって、クリスさんがまた元気になればいいなって思ってたから。ほっとしてしまって……」

本当にすみれは素直でいい子だ。
こういうところが癒される。

「ありがとう」

感謝を込めて伝えると、すみれは照れながらふるふると首を振った。

「君は本当に僕の癒しだったんだよ。君の笑顔を見られるのが楽しみで、何気ない会話をするだけで気持ちが安らいだ。つらい時には、支えになった」

あたかもそれらがすみれと出逢うためのものだったかのように。
どうしてもそこに意味を感じてしまう。
必然性を。

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あきゅろす。
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