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シリーズ・短篇

メロディとユリの連絡が途絶えて、じわじわと現実味が帯びてくる。
クローディアも誘いには応じてくれるものの、こちらから連絡しなければ向こうからは前ほど求めてくれなくなった事が気になってしまう。

バランスが崩れていく。
何故。一体、何処から。

愛すべき子達との関係は誇らしくさえある、大切な繋がりだと思っていたのに。
すべてから卒業した自分の姿が想像できない。


「あのぅ……」
「ん〜?」

恥ずかしそうにうつむきながら、それでもチラチラと上目で黒い輝きが向けられる。
今は、すみれだけが純粋な癒しだった。
彼を見るとほっとする。
それは、彼が何も知らずに綺麗なままで、綺麗な場所に立っているからだ。

もし許されるなら、次に生まれ変わる時は彼の様な人間になりたい。
彼なら例え傷つけられても、純粋で素直で正しく居続けられるだろう。

紅茶を一口飲み、頬杖ですみれの顔を眺める。

「なあに」

恥じらう姿も、何て可愛らしい子だろう。

「いえ、あの……」

髪に触れたら、変に思うだろうか。
優しく頭を撫でてあげたい。
それだけで、それ以上はいやらしい事なんてしないから。
気安く頬を撫でたりなんかもしない。
だけどきっとムリだろうな。
そんな事を考えていて、ついうっとりと見入ってしまっていた。

「その、何だか今日は……。いつもと、ちょっと違いますね」

ここへ来る時はいつもとかわりないようにしているはずだ。
むしろ久し振りの癒しでご機嫌がいいくらいだ。
ああ、それか。と、思い至る。

んふ。と吐息まじりに笑って、そうかな?ととぼける。

「何て言うか……色っぽい、です」

予想と違う答えがあらわれて、クリスは頬杖のまま少し首を傾げた。
そしてその原因を欲求不満だからだというところで納得して思わずくすくすと笑いだす。
自分が笑われてると思ったすみれは、すみませんと小さく言って頬を染めた。

こんな些細なやり取りで、心があたたかくなるのを感じる。

「君には、ずっと君のままで居てほしいよ。いや、バカにしたんじゃないってば。褒めたんだよ」

すみれにはそうやって、美化された自分を見たままで居てほしい。
純白な彼の心の中で、幻でも綺麗な人間でありたい。
それが、貴重な救いになる。


昼食を外に買いに出た時、公園で買い出しだというすみれと会った。
こんな偶然だと嬉しいものだ。
けれどそう思えたのも一瞬だった。

すみれは体を強張らせ、後退ってクリスと距離をとった。
両の手は拳がぎゅっと握られている。
おや。と違和感を覚えて顔へ視線を戻すと、そこには怒りがあった。

風の吹き抜ける木陰で、貴重な救いさえ無くなろうとしている。

「すみれ?」

優しい発音の名前だね。と言ったら、すみれは笑ってその意味を教えてくれたのだ。
花の名前なんて素敵だと思った。
すみれにとてもよく似合う。
誕生日にプレゼントしてあげられたらいいなと思った。
すみれは日本語でも英語にしても女性名だから自分の名前が好きじゃないと言うけれど、その名前を呼ぶのがとても好きだった。

「すみれ。どう……」
「見損ないました!」

ああ、何故。
何故、この子には知られないと思ったのだろう。
顔も知らない人達にだって自分の醜聞は知られているのに。

この子の前では綺麗な人間で居られると思っていた。
勘違いしていた。
愚かしい。
自分がとても情けない。

クリスが何も反論しないのを見て、肯定したとすみれはとった。

「そんな人だったんですか!?」

すみれにはどんな人間に見えていたというのか。
クリスは自嘲の笑いをもらした。

「色んな子に手を出して何が悪いんだい?」

クリスは自分の腹の中で、どろどろと醜悪なものが溢れるのを感じた。
けれど最悪なことに、これは偽らざる真実だった。
だから口から出すしかない。

すみれの目が、信じられないとばかりに見開かれる。

「僕はみんなを愛して、みんなを楽しませてあげられる」

そう。
君もその中に入ってしまえばいい。

「試してみる?」

その手をとり、細い指を撫でる。
それだけで甘やかな感覚が広がっていく。
毒々しい感情と共に。

振りほどいて行ってしまっても、彼の姿を目で追うことも出来なかった。

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