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シリーズ・短篇

「お父様が我が子にこうあってほしいと期待するように、お兄様もクリスさんに期待があるのでしょうね。だからこそ怒りもわくでしょうし、口も出るでしょう。そこで更にお見合い話なんて、クリスさんにとったら苦痛でしょうね。言葉を選ばずに言うと、追い詰められているのでは?と」

彼女はまさか、心配して来てくれたとでもいうのだろうか。
それとも、不品行である下劣な人間が自業自得で打ちのめされている様を見物しに?
穿った見方をしはじめたところで、彼女は更に続けた。

「ご自分の主義主張を貫くおつもりでしたら、捨てねばならないものもあるのではないでしょうか。クリスさんはご自身を曲げられる方ではないでしょう?」

生き方は変えられない。
なら、家を捨てろということか。

「正直このままでは、ご家族との確執のしわ寄せがプライベートに向かって、悪循環になるのでは?」

耳に痛い話だ。
彼女の目的は、冷静な忠告だった。
ここへはお見合いのつもりで来たんじゃないと、その為に言う必要があったのならもう少し優しい言い方があったんじゃないか。
親切なのか嫌われてるのか。
どっちもかもしれない。
好きになれない相手に忠告をしてくれるのだから、有り難く思わねば。

「僕に対する期待がムダだと言うのなら、僕の家族への期待も捨てるべき……なんですね」

自分を受け入れてくれというのはそんなにムチャな事か。

諦めてもらうしかない。
そうなれば、それはつまり理解してほしいというこちらの期待も捨てるという事だ。

ここで初めて、彼女が驚きを表した。

「クリスさんは、誰でもなく家族の愛に飢えてらっしゃったんですね」
「そんなに意外でしたか?僕の噂は聞いているのでしょう?」

母は、父に愛されないことを嘆いていた。
死ぬほど愛されたいと願ったのに、遂に死ぬまで。死んでも愛されることは無かった。
母は愛されないと嘆くばかりで、その憎しみ悲しみを子供へ吐き出した。
かわりに子供を愛してくれようとはしなかった。

「僕は誰かに愛されない事を嘆いて、憎しみや悲しみを人にぶつけたりはしないと学びましたから。かわりに誰かを愛することにしたんですよ」

父や兄に正義や理屈があるように、こちらにだってそれなりに理由がある。

「出生というどうしようもない事を理由に端から嫌悪されていれば、期待通りのいい子になろうという気なんて削がれると思いませんか?少なくとも僕は、そんな絶望的なシチュエーションで忍耐力を発揮するほど出来た人間ではないので」

それでも、完全に諦めきれずにここまで来た。

「おっしゃる通り、僕は彼らに愛されることを期待していました。だから、僕は僕なりに最大限に譲歩して控えめな反抗をしてるんです。これでもまだ愛情は残ってるんですが……」

諦めて離れると簡単に決意できないほどには、血の繋がりというものに引っ掛かりを感じている。

「でも、そうですね。幼稚な反抗はやめて、僕も卒業すべき時なのかもしれません」

タイミングというものが重なると、そこに意味があるのではと思えてくる。
案外彼らと離れてみたら、この呆れた生活にも飽きるかもしれない。
悪循環を断ち切るように。

彼女には丁寧に礼を言って別れた。
彼女は最初と同じようににっこりと微笑んで言った。

「信用できない方とお付き合いするのは難しいと言うつもりでしたけれど、変えます。孤独な方を理解して癒してさしあげる能力が私には足りない、と」

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あきゅろす。
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