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シリーズ・短篇

パーティの前にお目付け役からどれだけ言われるかと覚悟していたが、彼はクリスに何も言わなかった。
ただ一瞥した時に、嫌そうに顔をしかめた。
クリスは表面上は動揺を見せず、普段通りに振る舞った。

驕らず、自惚れず。
虚栄心のないクリスは、気取らず、飾らず。
やわらかな微笑みをたたえているだけで、その穏やかな空気がきらきらと輝いていくようだ。

クリスが丁寧に挨拶すると、その老紳士はしかめっ面のまま頷いた。
孫娘は嬉しそうに笑みを浮かべ、クリスと話せるのを楽しみにしているようだが、彼女の母親と祖父はクリスに対する不快感や嫌悪を隠そうとしていない。

彼らはクリスを値踏みするように遠慮なく見た。
しかしクリスはそんなこと気付いてませんというような顔でお嬢様へも挨拶をする。

「きちんとご挨拶するのは初めてですね。クリストフ・カージュです」

よろしくお願いします。と、クリスは同じように彼女へも握手を求めた。

クリスは己の名前の他に、家柄や地位を冠する挨拶のしかたが嫌いだった。
仕事の場面など必要があれば名乗るが、すすんで述べるほど自慢になるものではないからだ。
看板というのは自分の身分が怪しいものではないと明らかにする役目もあるが、自分をより大きく、より良く見せようと利用できるものでもある。
その点クリスは自慢できる立派な看板を持っていたが、出自や母の醜聞がどうしてもそこにつきまとう。
加えて自ら塗った泥もある。

それでも、掲げれば利用しようとする者は現れる。
だからクリスはその効力を享楽のために使う。
哀れんで慰めをほどこしてくれるのでもいい。
救いを求め慰めを欲してくれるのでもいい。

快楽を享受して、互いに足りない何かを埋めあう。


「ホントにきれい」

男の人にこんなことを言うのは失礼かしら、と。
言いながら、彼女は続けてクリスを讚美した。

「なんていうか、男性って自分が男ってだけで威張ってるところがあると思うの。私はそれが鼻につく、イヤな感じ!って思っちゃう。口では男女平等って言いながら、しょせん女は……って思ってるのが言動に滲み出ちゃってる人って居るのよ」

祖父が眉間に深いシワをつくり、母親がぎょっとして彼女の口を塞ぎたい衝動にかられているのを、少女は知ってか知らずか平然と話し続ける。

「だけどクリスさん…ってお呼びしていいかしら?クリスさんはちっとも威張ったりしないし、優劣をつけて人を見下したりしない方なんだわって思ったの。それって男とか女とか関係なく、人としてとても尊敬できる、見習うべき素晴らしい美点だと感動したの」

クリスははじめこそきょとんと目を丸くしていたが、率直で気持ちがいいこの少女にくすりと笑い、嬉しい思いであたたかな視線を彼女へ向けた。

「女に媚びへつらってだらしないとか、男として情けないだとか、キザったらしくて軟弱だとか言う人なんて私信用できないわ!それって立派な偏見よ!」

私はハッキリ自分の目で現実を見て、物事を正当に評価したいの。
彼女は胸を張ってそう言い切った。

「こんな正面から褒められることはそうないので、照れちゃいますね」

言葉通り照れて笑うクリスに、少女は可愛いと言ってくすくす笑った。

「お若いのに、明確に自分の考えを持ってるんですね」

クリス自身がいい加減なところがあるので、感心してしまう。
それがお世辞でないと感じたのは、言われた本人だけではなかった。

クリスは複数の男女を相手するので、軽薄な男だと思われているし、事実そうなのだろう。
相手を気持ちよくさせるためなら言葉でも体でもサービスをする。
けれどクリスは心にも無い事を口先だけで言うのは好きじゃなかった。
嘘をつくのは、神経をすり減らす。
それでは楽しめるものも楽しめない。
クリスは思うまま、欲望のまま振る舞って快楽を享受するのが理想なのだ。

軽薄であっても、不誠実な男だと思っていても、真実から来る言動には信頼感がある。
それは意外性と好感を生み、結果的に人を魅了するところへ繋がっていく。

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あきゅろす。
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