シリーズ・短篇
7
早く帰りたい。
そして藤堂さんに会いたかった。
なのに、今日は帰りが遅くなると連絡があった。
食事も済ませてくから先に寝ていい、と。
翌朝も藤堂さんが早く出てしまってちゃんと会話もできなかった。
僕を捜して迎えに来たり、引っ越しにも時間を割いてくれたけれど、やっぱり忙しい人なのだ。
寂しいけれど、そんな中でも自分に時間をつくってくれた事が嬉しく、ありがたかった。
遅くなると連絡が無かったから待っていたら、その内ソファーで眠ってしまっていた。
ふと目が覚めると覚えの無い毛布がかかっていて、ハッとして飛び起きた。
「起きたか」
「お帰りなさい」
書類を広げていたけれど、側へ行って寄り掛かる。
寂しかったのかと聞かれ、素直に頷く。
そしてすべてを話すと、だから落ち込むなって言ったろ。と言って慰めてくれた。
「まだ二、三回しか面識の無ぇ奴にいきなり馴れ馴れしくするなって言ってみろ。感じ悪いだろ」
確かにそうだ。
直接言えなかったのはそれも大きい。
「それこそお前が勘違いされて嫌われるわ。ダチにそれとなく言ってもらうのが角が立たなくていいんだよ」
説明されると、そうかもしれないと思えてきた。
「相手の男がお前をどう思ってようと、テメェの失態をお前の責任にして逃げたんだ。そんな小せぇ奴の為に素直に責任を負ってやらなくていい。まんまと傷付いてんじゃねぇ」
いいか。と鋭い目で強く言われ、こくこくと頷く。
ほっとして、気持ちが楽になった。
それがとても嬉しくて、ぎゅうと太い腕に絡み付く。
「大体お前、俺だけ居ればいいとか言ったくせに」
なのに落ち込んでるのが気に入らなくてちょっと不機嫌そうだったのか。
そう気付いたら可笑しくて、そして何より嬉しくて小さく吹き出してしまった。
「藤堂さん……」
腕を引くと、じろりと見下ろされる。
「膝……いいですか?」
返事は無いが、腕を広げてくれたから喜んで座った。
分厚い胸板にもたれ、甘えて頬をすり寄せる。
そうしているととても安心した。
書類を放して背中に腕が回るともっと。
「好き……です」
心臓が跳ねるのも、藤堂さんにだけだ。
「お前は本当に俺を喜ばせるのがうまい」
溜息まじりに。
次は笑いながら。
「だからもっと聞かせろ」
「はい」
何度でも。
僕にはこの人だけだ。
僕に心をくれた人。
藤堂さんが、好き。
そんな気持ちを確かめたのは、藤堂さんの友人と名乗る人だった。
藤堂さんよりも随分年上に見えるが、強面で、年の割にがっちりした体格をしている。
恐そうな雰囲気は、友人と言われたら納得できてしまう。
「香山泉。お前か、アイツがハマったってのは」
マンションの前で待ち伏せされ、高級車の側には若いスーツの人が待っている。
「なるほど。鈴蘭ね。確かに、わかるな」
鈴蘭。
それは幼い頃、母が働いていた料亭でお守りをしてくれていた藤堂さんが僕に抱いた印象と聞いた。
「話がある。ちょっと付き合え」
強引なのも藤堂さんに似ている。
連れていかれたのはキャバクラだった。
いや、高級クラブというのだろうか。
藤堂さんの遊びがどうこう気にしておいて、自分がこういった場所へ来てしまっては世話ない。
アルコールをすすめられたので、それは辞退した。
一応まだ未成年なのだ。
しかし法律に触れるより、藤堂さんの怒りに触れる方が恐い。
まぁいいから飲めと更にすすめられたからそれを言うと、声を上げて笑って許してくれた。
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