シリーズ・短篇
1
一人の夜の寂しさを理由に電話なんかしたら、さすがに向井さんは怒るだろうか。
ふざけてるんだと思われたら余計寂しさが増すだけだし、だからって他に理由をつくろえない。
携帯を手にして気が付く可能性。
もし誘ってるんだと思われても、それはそれで嫌だ。
気持ちがある事はバレているし、もしかしたら希望があるんじゃないかって思わされてしまった。
その上で電話なんてかけて寂しかったなんて言ったら、可能性が見えた途端甘えだしたと思われるかもしれないし。
そうなったら面倒に思われて、関わるのもわずらわしくなるかもしれない。
ぐるぐると渦巻くマイナスの思考から逃げ出せないまま携帯を放す。
見える所に関しては物が少ない、殺風景な部屋。
しかし、クローゼットや物置と化している部屋がそれを支えている。
フローリングに放り出した携帯が震え、バイブの音だけが大きく鳴る。
毛足が長い白のカーペットに横になったまま手を伸ばして見ると、思わず息を呑んだ。
一瞬出るべきか迷い、けれど出ない方が変だと思い携帯を開く。
『お休みのところすみません、向井です。連絡事項がありまして、今お時間よろしいですか?』
自分が少しがっかりしている事に気が付く。
当然だが仕事の話だ。
仕事の話でなければかかって来ない事はわかっているはずなのに、自分は一体何を期待していたのだろう。
『寛人さん?どうされました?』
耳に届く声にハッとする。
「何でもない。それで?」
一通り話を終えると、僅かな間の後で届く声。
『何をなさってたんですか?』
何を……って特に何もしていなかったからその通り正直に言うしかない。
『私の事は考えてくださらなかったんですね。残念だ』
またそういう事を言う。
いじめて楽しんでるんじゃないかって、ひねくれた考えにばかり気を取られる。
そんな自分にも腹が立つし、ちょっと驚かせてやりたくてここは素直に言ってやる。
「考えてたよ」
だけど本当はそんなのただのこじつけで、ただ。
「寂しかったから……声が」
声が?と促すその声には楽しむ様に笑みが含まれている。
せめて声が聞きたかった。
だけどそれが叶ってしまうと優しい言葉を聞きたくなる。
仕事ならまだしも、向井さん個人としてはいつも意地悪な事ばかり。
素直に優しくしてくれないのはきっと、俺が一向に素直にならないからだ。
「向井さん、あの……好き?」
わずらわしいと思われてもいい。
仕事で仕方なくだっていい。
『今日は、やけに素直なんですね?』
「だめ?」
『嬉しいですよ。嬉しいです』
相手は仕事だから、と必死に暴走しそうな自分を抑え込む。
それが変な間を作った。
『私がマネージャーだから、仕事だから答えているとお思いですか?』
答えられない。
正にその通りだから、もし怒ったら嫌だからうなずけない。
『せっかく素直になってくれたかと思えば。まだ私は信頼を得られませんか?』
溜息まじりのそれを聞いて恐くなる。
「だって向井さん…っ、いつも笑っていじめるしっ」
人のせいにしていじけている。
くすくすと声を抑えて笑うのが聞こえ、つい声を上げてしまう。
「ほら!」
向井さんはまだ笑いながら言う。
『貴方こそまたそんな事を言う。貴方が可愛いからじゃないですか』
「はっ?」
何度耳にしても言われ慣れない言葉は、この人のこの声で違うものへと変わる。
『可愛いから構いたくなるんです。簡単でしょう?それとも、私が貴方を好きじゃないからだと?』
だって自信が持てない。
そんなはずないと思ってしまう。
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