Lovely Prince 6 きょろきょろ、というより。おろおろが近い。 慣れないホテルの豪華なロビーに圧倒され、千草はまた子供みたいに京に手を引かれていた。 「あぁ、居た。千草、ほら」 繋いだ手を揺らして、京が優しく微笑む。 ラウンジで待っていた“彼ら”は、そんな二人を見て立ち上がった。 千草は、その顔を見ても懐かしいとは思えなかった。そのかわりパニックにもならなかった。 京の父は白髪まじりの上品な紳士で、長身で体格もがっしりとした人だ。母は若々しく華やかな容貌で、スラッとしてスタイルがいい。 夫妻を見ると京の身長や体格、容貌にも納得だが、兄は更に背が高い。 兄弟はとても顔立ちが似ているのに、京はどちらかといえば男らしい父似で、兄はもっと華やかな母似という印象だ。 感激して涙ぐむ夫妻の前に背を押されて進み出た千草は、ぽかんと見返すしかできない。 「“あの日”の君も、由嘉の腕の中でそんな顔をしていた。あぁ、何も見ずに済んだんだ。この子は何も知らないんだと安心したが、君が血まみれだったのと、由嘉が泣きそうな顔をしているのを見て、君が心にとてつもなく大きな傷を負ったと察した」 当時の事を思い出したのか、京の母は溢れる涙をハンカチで拭った。 京は千草の背にそっと手を回し、優しく寄り添っている。 「君の元気そうな姿を見られて本当によかった…!私達が最後に見たのは、まるで心をなくした人形の様だったから……」 「やっぱりお母さんに似てとっても美人ね…っ」 成長した千草の姿を両親に見せてあげたかった。そう言って泣く京の両親を見て、千草は会いに来てよかったと心から思った。 「あなたを守りきれた事を、ご両親も喜んでるわよ…!」 両親が今の千草を見て喜んでくれているだなんて、千草は考えた事がなかった。 突然泣けてきて、千草はうつむいて顔を隠した。 京は泣き出した千草の頭を撫で、優しく抱き寄せた。 泣いている皆が落ち着くのを待って口を開いた兄の英理は、一人のんきなほどに明るい。 「それで、二人は付き合ってるの?」 千草は一瞬何を言われたのかわからなかったが、反芻して問いの意味を理解すると一気に赤面した。 「兄貴……」 京は呆れたと言わんばかりにじっとりと兄を睨んだ。 だが睨まれた方はけろっとしていて、ちょいと肩をすくめる程度だ。 「おや。デリケートな時期みたい」 「兄貴!」 気持ちが通じ合っている事は互いに意識しているが、実際に付き合っていると言える状態なのかはよくわからない。 京は冗談まじりに付き合っていると報告するかと言ったが、兄の言う通りデリケートな時期なのだ。その上、家族に対する京のコンプレックスの件があってより繊細な問題になっていた。 それをあっさり言ってしまった兄に悪意は無く、思った事を率直に口にしてしまったという印象だ。それを不快に思わせないのもまた彼の魅力なのだろう。 「私達は君を息子のように思ってたけど、本当にそうなる日も近いって事かな」 にこやかに言った父の言葉に、母も「そうね」と微笑んだ。 不意打ちで二人の関係が露呈し、さらっと認められるかたちになってしまったのは京と千草にとって予想外だった。 けれど思えば、京は両親が性別で反対する人達ではないと断言している。それは兄にもわかっていただろうと容易に想像できる。 二人の関係を知ればこうなる事が予想できたのなら、二人の様子を見たわずかな時間でいち早く察し、無邪気を装って意図的に指摘したのかもしれない。そう思った千草は、こっそり兄の顔色をうかがった。 ぱちっと目が合い、千草は反射的に目を丸くした。 兄は艶然と微笑んで、京に「千草を誘惑するな!」と牽制されたが、千草にはもうほとんど確信が生まれていた。 「二人は似てる」という千草の言葉に京はどういう意味だと動揺したが、兄はからからと笑った。 「そうだろう?自分でも嫌なほど思考が予測できちゃってさ。ついつい口を出しちゃうんだ。それが神経を逆撫でしてるってわかってるんだけどね」 十も年が違う兄は、恐らく自分達よりもずっと視野が広く、いくつも先の事を考えられる人なのだろう。 だから京が兄に千草をとられるかも……なんて恐れる必要はないのだと、千草にはわかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |