Lovely Prince 5 「……?」 今こそ京に寄り添って、安心させるべきだと頭には浮かんでいるのに、心がそれに追いつかない。だから、うまく言葉にもならない。 「“とられる”って……」 京は本気で恐れている。お気に入りのオモチャを取り上げられるとでもいうように。 嫉妬や独占欲からというより、奪われ、失う事を恐れているかのようだ。そこまで考えて、千草の背筋に冷たいものが駆け抜けた。 「友達ならいいけど、それ以上はダメってこと……?」 「違うっ、違うよ。あの人達は寛容だから、俺が好きなら性別を理由に反対したりしない。そうじゃなくて……」 否定されて安堵したところで、今感じた恐怖を反芻する。それが意味するものは何か。 「千草は俺より、兄貴をかっこいいって思うかもしれない。家族の方がすごいとか、才能あるとか……。それで俺なんて全然たいした事なかったって気付くかもしれない。あの狭い学園の中では“ファン”だなんて言ってくれる子が居るけど、皆もきっとすぐに目が覚める。俺にはそんな価値がなかったんだって」 京と劣等感が結びつかないのは、いつも明るく笑っていて、冗談を言っておどけていたからだ。 それが鎧となって、弱点を隠して守っていた。家族に対する劣等感。コンプレックスを。 「京の家族がどんなにすごい人でも、京にがっかりすることはない。逆でも同じだよ。縁を切るべきだと言われるような人達だったとしても、俺は京を嫌ったりしない」 京はハッとして千草と目を合わせた。もう言わずともわかっていると思ったが、千草はあえてそれを口にした。 「それとも京は、俺に縁を切るべきだと言われる親族が居たって知って、見損なった?もう嫌いになった?」 言葉がどれほど説得力があるかわからない。けれど、言わなければならない。伝えなければならない。 「俺は京を見てる。他にどんな魅力的な人が現れても関係ない。京しか好きじゃない。京しか好きにならない。この先も、心変わりはしない。できない」 初めて想いを口にした千草は、頬を染めた。 「千草」 耳元に顔が寄せられ、穏やかな低音が囁く。 「俺も、千草だけ」 ちゅっと頬にキスが落ちる。 「ずっと千草が好き。この先もずっと、千草だけ」 胸がぎゅうっと苦しくなって、強く実感する。本当に彼が好きなのだと。 互いの指を組んで手を繋ぐと、より深く繋がっているような感覚を覚えた。 京の父は、先代から継いだ会社を大きく成長させた人だった。先々代が開いた小さな店を先代が大きくし、それを継いだ父が更に大きくしたのだ。 兄は父の会社には入らず、友人と起業してそれを成功させている。 祖父から続く家業を継がねばならないという重圧に縛られず、自分の好きな事、やりたい事を見出だし自ら道を切り開いている。 それができる兄を京は尊敬しているし、その自由さに憧れてもいる。 母は有名な料理研究家で、教室は人気が絶えず、本の出版やメディア出演もする人だ。 実力が実績を生み、才能と称されるほど華やかな成功をおさめるのを、京はずっと間近で見てきた。 実力の裏には努力があるのも知っていて、京はそれにならい勉強や運動を頑張ってきた。それでも劣等感は拭えずに、価値がないとまで思ってしまっている。 京が長期休暇に帰宅しないのも、それが理由のひとつだった。 「俺は、千草に対する想いなら誰にも負けない。俺が自信を持って、誇れるものはそれだけだ」 そんな想いを抱えながら、京は簡単に“冗談でいい”と言ってしまえる。そして京は本当にずっと、おどけてそれを冗談にしてきたのだ。 千草には、それこそが真実の証のように思えた。 私欲の為に、手に入れようと意地になっているのではない。利用する為に執着しているのではない。 そんな無償の愛ともいうべき京の想いに、千草は心動かされたのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |