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Lovely Prince

二人を送り出す友人達は笑顔を浮かべていたが、不安げなのが千草にもわかった。
ここ数日の緊張感が彼らにも伝わって気を使わせているのは認識していたが、対処する余裕までなかった。
千草がにっこり微笑んだのは、安心させようという計算よりも感謝の気持ちからだった。

千草の外出だけでもちょっとしたトピックだが、それが京の家族と会う為に京と二人でというのだから関心が集まる。
行ってきますと笑顔で手を振る姿は、さりげなく様子をうかがっていた者達の動揺を招いた。
それこそ恋人とデートに出掛けるようにうつったからだ。



久し振りに学園の門を出た千草は、きょろきょろと辺りを見回した。
入り込んだら遭難するような山林と、舗装された一本道。特に珍しくもない景色だが、ここから外の世界に向かうのだと噛み締める。

「千草」

ふらふらして危なっかしい千草に、京がすっと手を差し出す。
その自然な優しさよりも、今はただ手を繋ぐという行為そのものが千草には嬉しかった。
デートなどという京の冗談を本気にしてはいなかったが、日常から離れ、二人きりという状況で手を繋ぐとそわそわして胸が高鳴った。

バスは二人の他に乗客は居なかったが、当然のように並んで座った。

「ホテルで食事なんて……緊張する。本当にこんな普段着でよかったの?」
「部屋とってあるっていうから、平気だよ」

京にとっては家族との食事会だから緊張することもないのだろうが、ホテルでなんて千草には信じられない世界だ。

「京はこういうの、普通なの?」

真っ直ぐ進行方向を見ている京は、ちらりと千草に目を向けた。

「うん、まぁ……」
「……そう」

京は家族についてはあまり話さない。それは千草に気遣ってというよりも、京自身が話したくないようだと千草は感じていた。
京も長期休暇に帰宅はせず、たまに外出する程度だった。
京はいつもその理由を、千草を置いていけない。そんなに長い間離れられない!とおどけて答えるが、硬い表情と歯切れの悪い返事を聞くと、本当は会いたくないのかと勘ぐってしまう。

「ホテルの食事って、ナイフとフォーク使う?マナーとか全然わからないよ」

少しよぎった不安や疑問を、ほんの少しふくらませてわざとオーバーに口に出す。
それは話題をそらすためというより、単純に京の笑顔が見たいからだった。

「下品だって思われたらどうしよう。だらしないとか、ものを知らないとか。あっ、食べきれなくて残したら失礼?」
「千草にとって、俺の家族はもう心の中に入ってるんだな」

独り言ちるような呟きに、千草は反応できなかった。
わかるのは、笑顔を引き出すのを失敗したという事だけだ。

「どうでもいい相手なら、ここまで自分がどう思われるかなんて気にしないだろ。千草はもう心の中に、俺の家族を受け入れてるんだ。ほとんど初対面みたいなもんなのに」

責めるような言い方が、千草にはまるで理解できない。
確かにほぼ記憶にないし、千草にとっては初対面みたいなものだ。けれど、大切な人達という感覚はある。絆のようなものを感じている。それの何がいけないのか。

「千草はそのままで大丈夫だよ。嫌われるわけがない。きっと感激して再会を喜ばれるし、家族として受け入れるくらいの気持ちだろうから。絶対に好かれる」

何故、こんなに悲しげに。つらそうな顔で安心しろだなんて言うのか。千草は訳もわからず、悲しくなって京の腕を掴んだ。

「京……」

京は身を屈めると、甘えるように千草の首筋に顔を埋めた。千草は身をかたくして、おろおろと忙しく目を泳がせるしかない。

「とられたくない……」

切実な訴えに、千草の呼吸が乱れる。

「千草は俺のだ。俺の一番大切なものだ。他には何も要らないから、千草だけはとられたくない」
「……京」

怯えとも言える不安を察し、千草はそっと京の頭を撫でた。

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あきゅろす。
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