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Lovely Prince
第十二話 家族
校内放送で千草の名が呼ばれると、京はにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「何かやらかしたのか?」
「何もしてない」

京は冷ややかな表情を崩そうと、千草のあごを下からちょんっと突っついた。そんな事ができるのは京ぐらいで、他の人間はそれほど気軽に触れられない。
繊細で美しい相貌が、鬱陶しそうに眉を寄せる。
片手であごを掴みぐらぐらと揺らされると、千草はさすがにあきれて吹き出した。

「ふっ、ふふ。もう……行ってくる」

やんわりと手を放させて、するりと立ち上がる。その振る舞いは常に静かで、上品だ。

「狼には気をつけるのよー、赤ずきんちゃん」

ふざけてるようにしか見えないが、京は半分本気で襲われないようにと願っている。
気づいているのかいないのか、千草はくすくす笑うだけだ。



千草が生徒指導室で向き合ったのは、数学の一条先生だ。
学生に対してそうであるように、千草は教師とも必要がなければ会話をしない。なので、呼び出されたのが個人的な理由だとは予想していなかった。

「あなたの叔父の暁元一真とは、学生時代からの友人なんです」

千草は目を丸くして、目の前の静かな人を見つめた。
一真さんの友人だからといって馴れ馴れしくせず、教師と生徒の距離感を保っているのが千草には心地よく好感が持てた。

「話そうと思えば、いくらでもこういった機会はつくれたんですが……。正直、僕はあなたを意識的に避けていました」

嫌っていた訳じゃないという言葉に、千草はこくこくと頷いた。

「一真があなたを引き取ってから、僕は頻繁に家を訪ねていたんです」

千草が想像した通り、当時のつらい時期を思い出させたくないという理由からだった。京の家族がそうしたように、彼もそうだったのだ。

「一真は一人で何でも出来るから、僕の手なんて借りなくたって全然よかったんですけど。でも、心配で……。小さなあなたもそうですが、一真のことも」

一真さんだって自分の姉と義理の兄を亡くしたのだ。精神的な傷を負っていないわけがない。

「一真とお姉さんは、二人きりの家族でした。両親や親族とうまくいかなくて、お姉さんの結婚を機に縁を切ったんです。縁を切るようにすすめたのはお姉さんの旦那さん……あなたのお父さんですね」

この時、一条先生は初めて微笑を浮かべた。

「彼と出会ってから、お姉さんだけじゃなく一真の人生もとても平和で幸せなものになったと思います。それが断たれたんですから、絶望の深さは想像できるでしょう?」

千草は言葉を失って、ひざにある自分の手元に視線を落とした。
一真さんには千草が唯一の家族だと言われただけで、親族ついては聞いていなかったから、その戸惑いが大きかった。

「僕は何とか一真の支えになりたいと思ったけど、一真にとって一番の希望になったのはあなたでした。僕が言う事ではないが、僕はあなたに感謝してるんです。あなたの存在は一真だけでなく、僕にとっても希望であり、救いです」

視界が熱くにじんできて、千草はうつむいて顔を隠した。

「僕と一真だけじゃない。“生まれてくれてありがとう”って、きっとご両親だって思ってたはずだ。あなたは、皆の幸せの象徴なんですよ」

溢れた涙を素早く拭う。けれど止まらず、声も出さずに静かにすすり泣いた。

「千草君。もうひとつ話があるんです。寮で乱暴されかけたって聞いたけど……話せますか?」

先生の声に緊張感が滲んで、千草ははっとして顔を上げた。もしかしたら先生は、それが一番聞きたかったのかもしれない。
先生は千草が話しやすいように味方であると示し、安心して心を開かせる段階を踏んだわけだ。とはいえ、心配してのことだとも察せられるから感謝しかない。
だから、千草は正直に最近あった出来事を話した。
一度は学校で空き教室に連れ込まれ、二度目は寮で。

「一度目は相手の顔を見ましたが、二度目は廊下を歩いていて突然真っ暗な部屋に引っ張りこまれたので確認できませんでした。パニックになってしまったんですが、相手は構わず髪や体に触れてきました」

事実を淡々と語る千草より、先生の方がよほど動揺を見せている。

「もしくは、パニックになったからこそ強姦されずに済んだのかもしれません。今のところどちらも未遂で済んでいます」

聞いたからには黙っておけないと、職員会議で報告して問題にすると先生は言った。

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あきゅろす。
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