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Lovely Prince
第一話 新海千草
山頂の広大な敷地に建てられた全寮制の小中高大一貫校、櫻蒔(おうじ)学園。
学園前までバスが通っているが、一歩道をはずれるとそこはもう深い森が広がっている。
学園と森とを隔てる塀は人の背丈よりずいぶん高く、アイアン製の門扉は自動で開閉を管理されている。
そこを抜けると、噴水を中心に低い生け垣が左右対称に配置された庭園が目に入る。
各学校はそれぞれそういった緑に囲まれ、それが境界の様な役目を果たしているが、特に行き来を制限する規則はないので年齢の違う学生達が交流する光景は珍しくない。

閉鎖的なこの環境でも、恋愛感情を抱くのは自然で自由な権利だ。
男子校であってもそれは変わらない。
時に真剣なそれは、差別的な目で見られる事はほとんど無い。
恋愛の話ではしゃぐ姿こそ見受けられないものの、少なくとも容姿の優れた者は自然と注目されるもので。
高校の校舎。二年の教室。
窓際の後ろから二番目の席で、頬杖をついてぼんやりしているその人物もそうだ。

地域性により天然で色素が薄い者が多い中、真っ黒い目と艶やかな黒髪は目立つ存在だ。
平均的に人々の体格がいいという事もあって、百七十を越える身長でも骨格が細く、筋肉のない薄い体は華奢さが際立つ。
小さなあごに、きめが細かいなめらかな肌。
淡い色合いの潤った唇はほとんど笑みのかたちにはならず、表情自体があまり動かない。
鋭い目尻と眼差しの印象がより人間味のない冷淡さと神秘性を演出する。
けれど、無防備にゆるむと時にあどけなく、時に繊細で儚げにもうつる。

新海千草(しんかいちぐさ)

密かに“美しい”と評されるその容貌は、人を拒む様な彼の性質も手伝って神聖化され、気安く近寄りがたい聖域となった。
好意を抱く者が多くとも彼と友人関係すら築けないのは、つまりそういう事だ。
彼の意思を尊重するかたちで周囲が自主的に彼への接触を避ける事で抜け駆けを禁じ、秩序を保っている。
今や学園の伝統とも言える暗黙のルールである。



「千ぃ草ぁ

背後から迫る低音と絡みつく腕に、千草はきゅっと迷惑そうに眉をひそめた。
百八十半ばという長身の筋肉質な体がのしかかってくると、最早まともな抵抗などできない。
せめて不満を訴えるぐらいだが、感情的に騒ぎ立てることはない。
静かな口調に、わずかに感情がにじむ程度だ。

「……京(みさと)、重い」

京由嘉(みさとよしか)は千草と親しくする事を許された数少ない人間の一人であり、中でも特別な存在である。
ゆるくウェーブした髪が長めに横顔や首筋を隠す。光の加減では金にも見える明るい茶髪。
髪と同色の目は優しい印象で、黙っていれば様になるのに、どうにも口を開かずには居られない性分なのかふざけて笑っている印象が強い。
彼が千草と親しく出来たのは、そんな社交的な性格のおかげでもあるのだろう。

「そんな顔してたら襲われるぞ」

覗き込む顔を肩越しに見て、千草は黒い目に困惑を浮かべる。

「そんなって何だ」

この神秘的な目に引き込まれ、つい見入ってしまうのを京は知っている。
眼差しの不思議な力に圧倒され、侵しがたい清冷さに畏縮し、繊細な美しさを知る。
だが。
不意に覗く無垢な一面が、加虐心と庇護欲の相反する衝動を抱かせるのだとも。
こっそりと送られる数多の視線の裏で、彼らがそのどちらを増幅させているのか。
京はそのどちらともを蹴散らし、我が物顔でおどける。

「君にあんな事やこ〜んな事をして楽しむ妄想をしているのは俺だけじゃないのだよ、千草くん」

実は的確な助言でもあるのだが、まともに人間関係を築けない人間がまさか好かれるとは想像すらしていない千草は、京の戯言ぐらいにしか受け止めていない。

「そんな事をしてるのはお前だけだ。退け」
「まったく罪な奴だな。この美貌と色気を持ちながら無自覚なんて。それを常にそばで見ていられる俺は幸せ者だ、千草!」

千草は否定する気にもなれず、呆れてひっそりと溜息をついた。


こんな事をしても京が恨まれずに済んでいるのは、京だけが千草の感情を引き出し、表情を動かす事が出来るからだ。
“京なら”と目を瞑られてきたその特別な位置は、“京だから”許されるようになり、今では“京じゃなきゃ”ならなくなった。

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