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Lovely Prince

京の腕の中で寝てしまってから、千草はふとソファーで目を覚ました。
時計を見るともう八時を過ぎたところで、着替えてもいなければ夕飯も食べていない。

「京。……京っ」

足の間に抱えられたまま、慌ててシャツを引っ張る。

「起きて……って、ちょっと!」

ぎゅーっと抱き締められて身動きがとれなくなる。

「もう平気なのか?」

眠そうに千草の顔を覗きこみ、優しげにふっと笑う。

「うん。あの、ありがとう」
「いいよ」

京はいつも何も聞かず、こうして千草を恐怖から救い出す。優しく寄り添い、穏やかに慰めて、心地いい空気で包んでくれる。

自室のドアノブに手を伸ばそうとした千草は、ハッと気付いて手を止めた。すると京は何も言わず、部屋に入って電気をつけてくれた。

「……ありがとう」

少し俯いた頭を撫でて、京は自分の部屋に戻った。
その日は部屋で遅い夕飯を食べ、ライトスタンドをつけたまま眠った。


翌朝、誠はニヤニヤしながら京とこそこそ話していた。時々そうやって話しているが、二人共「千草は知らなくていい事だ」と言って教えようとはない。
里久もちらちらと顔を見るのに、何?と聞いても首を振るばかりで答えない。

朝食の列に並んでいた時だ。前の小柄な生徒がよろめいて、千草は咄嗟にその背中を抱き止めた。
振り返ったその顔は真っ赤になっていて、見上げたまま固まっている。すると、背後からのびた手に目隠しされた。

「こらー。うっかり男前な魅力を振り撒くんじゃない」
「ちょ…っ、何だよ」

手を振り払うと、京が半眼で見下ろしている。

「無意識に人を魅了するんだからタチ悪い」

言いがかりだ。何故腹を立てられるのかわからない。
よろけた子は既に友人数人と騒ぎはじめている。

「京はどーんと構えてれば?」
「京だから構えてらんないんだろ」

京は「千草は俺のものだ」などとよく言うが、そういった人前でのアピールはおふざけのひとつだけでなく、本気で牽制の意味があるのかと疑念がわく。

「見るんじゃない」

頭上の顔を見上げたら強引に前を向かされた。
誠と里久は、京が照れたと珍しがってしばらくからかっていた。


二時限目が終わるとすぐに、同じ二年の風紀委員に呼び出された。注意されるような心当たりは無いから、何の用事か見当もつかない。

「大丈夫か?」

京だけでなく、誠と里久まで心配している。
千草は後ろめたい事はしていない自信で頷いたが、三人の懸念はそこではない。一人で居る時に襲われかけたので、それが心配なのだ。
千草が廊下に出ると、少し離れて窓際で寄り掛かっている人物がさっと手をあげた。

「あの、俺に何か……?」

心当たりは無いのに、もしかしたら知らずに何かしてしまったのではないかと不安になる。

「俺は黒川。君の、秘密を知ってる」

理解ができず、千草は眉を寄せて首をかしげた。

「君の“過去”って言えばわかるだろ?」

口の端をあげてうっすら笑んだのを見て、血の気が引いていく気がした。
彼の髪が日の光で黒く光って、茶色がかった目は強く見下ろされている。

「ここに入学する前に、君の家の近くに住んでたんだ。君はあの後すぐに引っ越したけど、何があったのかは後から聞いて知った」

心臓の音が聞こえそうなくらい、どくどくと脈打っている。

「覚えてないかもしれないけど、一緒に遊んだ事もあるんだ」

目を見開くと、黒川は嬉しそうにふっと笑った。

「幼稚園の頃だし、君にとっては思い出したくない過去だろうから覚えてないのも無理はないけどね」
「それで……?」
「俺は他のヤツより君の事を知ってるし、誰より理解出来ると思う。あの、京由嘉よりも」

突然の事で、頭がうまく働かない。どう理解していいかわからない。

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