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Lovely Prince

「俺、帰ります」

誠は何か言おうとしたが、先輩に口を塞がれてもごもご暴れている。

「そうか、よかった。遅くなると京君に怒られちゃうからね」

先輩はにっこりと微笑んで、誠を連行していった。
怒られるというよりも、どちらかといえば京は拗ねるかもしれない。
「何で遅くなったんだ!」とか、また無理に理由を見つけては抱き着いたりするのだろう。そうなったら面倒だな…と考えながら、千草は消えそうな夕暮れを急いだ。


部屋へ戻ると、京はまだ帰っていなかった。

「何だ……」

待ってるとばかり思って帰ってきただけに、居ないと拍子抜けする。少しの落胆を覚え、ぼーっと後ろ手にドアを閉めた。
ハッと気付くと、千草は暗闇の中にいた。
夕日はすっかり落ちてしまったらしい。先に電気をつけてからドアを閉めればよかったと後悔しても遅い。
暗闇が、広がっている。

「あ……、やだ…っ」

身体中がかたかた震えてきて、ずるずると力なくその場に座り込む。小さくうずくまり、冷える両手で口を押さえる。
怖い。
叫びそうになるのを必死にこらえ、平常心を保とうとしても、どうしようどうしようと頭の中でぐるぐる回って、余計な記憶ばかりがよぎる。

「…っ、……ふ…っ、ぅ……」

がたがたと震える手は頼りなく、口を塞ぐ役には立たない。

「ひっ、ぅく……」

誰か。誰か、早く来て。
そう叫んでしまいたい衝動を抑え込み、息を殺して、手探りで慎重にドアを探す。だが、不意の物音にびくりと体が強張った。
すると廊下の明かりが室内を照らし、千草はドアが開けられた事を認識した。けれど息苦しさはすぐに解消せず、浅く胸を喘がせながら光を求めて振り仰ぐ。
そこには、目を見開いて立ち尽くす京が居た。
言葉もなく咄嗟に手をのばす京を見た途端、安堵で一気に感情が声になる。

「ふぇっ……ぅうーー…!み、さと…っ」
「千草っ!!」

強く抱き締められて、夢中でぎゅっとしがみつく。

「な…でっ、……なんで、居ないのぉ…っ?やぁ、やだ……暗い…のにぃ…っ」
「ごめん……ごめんっ。悪かった」

呼吸を乱し、京の体温にすがる。

「もぅ…っ、一人に…なるのは……いゃ…っ」
「うん、わかった。一人にしない。ずっと傍に、一緒に居るから。もう一人にはならないよ」

穏やかな声色が、とても優しい。
フラッシュバックする記憶と混じり合い混乱していたのが嘘の様に、次第に落ち着きを取り戻させてくれる。
そっと頭を撫でながら、何も聞こうとはせず、黙って抱き締めていてくれている。それが凄く心地よくて、じょじょに眠気を誘う。

「千草。ベットに行くか?」
「ん、……ぃや」

京の胸にぴったりと頬をくっつけたまま、いやいやと小さく首を振る。

「だって、眠いだろ?」

笑いを含んだ穏やかな声。

「じゃ、大丈夫になるまで」
「なるまで、何?」
「京が、ベット。ふふっ」

目を閉じていても、京が困っているのが想像出来て楽しい。

「ちょっと千草ー?それっていつまで?」

困ってる声だけど、笑ってもいる。その声を聞きながら、千草は安心して眠りについた。

「まったく……」

京は困った様に笑いながら、静かに寝息を立て始めた千草を見下ろして呟いた。
長い睫毛はまだ涙に濡れて、きらきらと光っている。泣き疲れて眠る子供みたいだと、京は笑みを零した。
ぐっすり眠る千草を抱え、ソファーへ運ぶと、京もいつのまにか眠りに落ちていた。

夕飯を誘いに訪れた誠と里久がそれを発見するのは、もう少したってからだ。

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あきゅろす。
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