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Lovely Prince
第四話 影について
朝の食堂で食事をとる者達の多くは、もっぱら昨日の出来事を話題にしていた。
表情を崩す事が珍しい彼が、その目を潤ませかたかたと震えて怯えていたのだ。原因はガラスで口を切った事で、不運な事故だと同情が集まった。
そんな中で現れた千草と京には、自然と視線が寄せられる。


「千草、口ん中見せてみ?」

食事前に言われ、千草は黙って従う。
まだ痛むかという問いにこくんと頷くと、京は慰めにぽんぽんと頭を撫でた。
京のスキンシップが多いのは慣れているので誠は気にもとめないが、里久は丸い目でじっとそれを観察している。
千草が食パンにかじりつき、口の端に付いたいちごジャムを京が親指で素早く拭うのも。しかも、京がそれを当たり前のように自らの口に運ぶのも見た。
昔からいつのまにか自然発生したお節介の内のひとつなので、千草自身はもういちいち疑問にも思わない。京の方もごく当たり前という顔で食事を進めている。
だが見ている方は照れ臭いどころか、それを普通にやってのけてしまうだけでなく絵になってしまう彼らについ見入ってしまうのだ。
里久は照れて、少し頬を染め目をそらした。



一時限目を終えたところで、思い出したように京が言った。

「今日バスケの試合だから、一緒に帰れないんだ。だから、誠達と帰ってね?」

ずしっと肩にのし掛かられ、千草は重さに耐えきれず前のめりになる。

「あ、俺ダメだわ」
「何でだ、コノヤロウ!俺の千草に一人で帰れっつぅのか!?」
「帰れる。お前のでもないし」
「ダメだ!俺の千草に何かあったらどーする!?」

千草は平気だと口を挟むが、京はあくまで“俺の”を強調して反対する。

「里久と図書館の片付けに駆り出されんだよ」
「広いから人手が要るんだって」

京はくそぅ!と二人に頼んだ人物を恨んだ。

「一人でもいいって」
「ダーメ!俺んとこに居ても構ってらんねぇからなー……。なら、誠達と図書館に居なさい、ね?」
「子供じゃないのに……」

ムッとして、じとっとお節介なルームメイトを睨む。けれど、返されるのは穏やかな声だ。

「千草は嫌だろうけど、そうしてくれると俺はずっと安心なんだよ。千草に何かあったら心配だから。だから、いいね?」

京が何を心配してるか。本当の意味を知るのは千草だけだ。
大丈夫だと突っぱねても気掛かりなまま、試合に集中出来なくなるかもしれない。

「……わかった」

しぶしぶ承知すると、京はにこっと笑って髪を撫でた。

「そのかわり……試合、頑張れよ?」
「くぁーっ!もう、どんだけ可愛いんだよッ!?よしよし!頑張るからな!?」
「ちょ…っ!」

どさくさに紛れてサワサワと胸やら腹に手を這わせる。その勢いでけらけら笑いながら、ブレザーのボタンを外しシャツに手を掛ける。

「ばかっ!脱がすなっ!」

じゃれる二人を見ながら、里久が呟く。

「何であれで付き合ってないんだろ。ていうか、付き合ってないって言い張れるのが不思議だよ」

誠も深々と頷く。

「千草がなー……。鈍感っていうか、無自覚っていうか。わかりそうなもんだけど。ま、京も苦労するよな」
「がんばれ、京」


京は昼も試合の事で行かなくちゃならないからと言って、ムダにセクハラをしてから行った。

放課後、図書館では片付けなんて生やさしい言葉では済まない程の仕事が待っていた。
大量の本を広い館内のあちこちに移動したり、ついでに掃除もしなければならず、これでは人手が欲しかったのもわかる。
千草も、楕円形の眼鏡をかけた長身の図書委員の先輩に山積みの本を渡された。

「日本史の棚に運んでくれる?空いてるところに適当に入れてくれて構わないから。あ、場所はわかる?」
「わかります」

と言ったものの、分厚い本を顔が隠れそうな程積まれても……。

「ん?どうかした?」
「ご、ごめんなさいっ。動けません……重過ぎて」

先輩は目を丸くしてから、声をあげて笑い出した。

「あっはっはっはっ!ごめんごめん!台車使って」

本を台車に下ろしてもらい、千草はほぅっと息をつく。

「背があるから力があると勝手に思ってたけど、君は細いんだね」

千草は役に立たなくて申し訳なく感じ、すいませんと謝った。

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