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Lovely Prince

校舎を出て渡り廊下を通り、辿り着いたのは体育館だ。
中はまだ部活中で、バスケ部も練習中だった。
何人か指を指しているが、邪魔であろうが今は構う余裕はない。

バスケ部にも他の部活にも、何処にも“その姿”は無い。
ここまで来てすれ違ってしまったのだろうか。そう考えた時、振り向かせる様に後ろからぐいっと右手を引かれた。
どきっとして固まる。

「千草?先に帰ったんじゃなかっ……どうした」

その姿に、声に。千草は深く安堵したが、眼前の笑みは瞬時に曇った。
肩に手を乗せ、ちゃんと向かい合って目線を合わせるその温もりと優しさに泣きそうになる。

「みさと…っ」

ひくりと呼吸がひきつる。

「行こう」

京は短くそう言うと、千草の肩を抱く様にしてそこを出た。


京がドアを開け、千草の背をそっと押す。
部室には誠と里久がくつろいでいるだけで、他に人の姿はない。

「あれっ?どうし……」

誠は途中で言葉を失う。
里久も同じく固まった。

「千草、そこ座って」

ロッカーに囲まれた青いベンチのひとつに座る。
誠と里久はただ驚いていて、京はベンチの前に腰を下ろすと青い顔をした千草を見つめた。

「千草」

その声色に緊張は見えるが、呼ぶのはいつもの人だ。

「千草、いいか。深呼吸。俺を見て。俺の目を見ろ」

もう何処にも恐ろしいものはない。目の前の人がそれを約束してくれるという感覚がわいて、ようやくまともに息ができる。

「ゆっくりでいい。もう大丈夫だ。息を吸って、吐いて。ゆっくり」

安堵と共に、滲んだ涙が溢れて伝う。

「はぁ…!は…っ、はぁー……」

肩を揺らし、大きく胸を喘がせる。
涙と、コントロールを取り戻そうとする理性とでせめぎ合うのが苦しくて、必死で手を伸ばす。

「千草。ちぐさ、大丈夫だよ。ここに居るから。俺が見えるな?よし。大丈夫、もう大丈夫だから」

言葉のひとつひとつに頷いて、その大きな手を握り返す。
冷えた指先に、彼の温もりが移っていく。その心地よさと安心感が、いつも千草を助けるのだ。

「ふぅー…っ、ふぅ……」

一本の命綱にしがみつく様に、千草は真っ直ぐに彼の目だけを見つめた。
京はそこから決して目をそらさず、しっかりと手を握り続けている。
何度も大丈夫だと繰り返し、労る様に優しく頬を濡らす涙を拭う。
誠と里久は、そこに二人の隠された絆を見た気がした。



「連れ込まれたのか!?」

落ち着いてから何があったか話しだすと、京は本気で苛立ったようで舌打ちをした。

「一人だったから、って。でも、壁に押さえ付けられただけだし……。すぐに逃げられたから」
「それが千草にとってどれだけ怖いか、ちゃんとわかってる」

無理をして隠しても、京にはすぐバレる。何もかもわかってしまう。
それらを暴くだけでなく、彼は千草を救う術さえ知っているのだ。

「手首、こんなに赤くなって……」

温かな手が暴力のあとを撫でる。

「えっと、京以外は見る価値もないのか……みたいな事を言ってた気がする」
「そんな勝手な…!」
「里久の言う通りだ。千草のせいにして、結局相手の事を考えてないのは自分なんだよ。都合よく押しつけやがって」

里久と誠は、千草のために本気で腹を立てている。

「千草。自分本意な要求に応える義務はない。責任を感じる必要もない」

京が優しく手を揺する。

「いいか、何が大切か考えろ。千草が好きな事だけを見ろ。お前が自分の幸せを追求しなくて、他に誰がしてくれる?自分を削って犠牲にしても、そのツケを誰かが払ってくれるわけじゃない。誰に何て言われようが関係ない。嫌な事は見るな。聞くな。知らなくていい。……わかったか?」

甘やかされている。
わかっているけど、甘えてしまう。
頷くと、京はふわりと優しく微笑む。

「よし、帰ろう。ちょうどもう帰るとこだったんだ。挨拶してくるから、待ってろ」

京はさらりと千草の頭を撫でて行き、誠と里久はいつもの調子で笑った。

「いつもああしてれば千草に嫌がられなくて済むのにね」
「そこがあいつの弱点かもなぁ」

里久が呟き、誠が頷く。
可笑しくなって、千草もふっと口をゆるませた。



自室で着替えてリビングに戻ると、京がシャツの袖をまくりながら言った。

「さーて、夕飯作るか。パスタでいいよな?」

今日は部活があるから自炊はしないだろうと思っていたから、千草はぱたぱたと瞬きをした。

「ん?嫌?」

そこで気付く。外に出なくてもいいよう気を使ってくれたのだ。

「手伝う」

京は一瞬驚いた顔をしたが、ふっと笑った。

「包丁は握るなよ!千草は手つきが危なっかしいからなー」
「そのぐらい出来る」

その後、止めるのも聞かずに包丁を使ったら、案の定危うく指を切りそうになってすぐに使用禁止令を出された。

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あきゅろす。
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