[携帯モード] [URL送信]

Lovely Prince

午後の授業を迎える頃にはすっかり落ち着いた千草は、昼の事が嘘の様に静かな面持ちで席についていた。
後ろでは昼食を半分逃した京がパンを頬張っているが、それを教師が見逃すはずがない。

「コラ、京!授業中に食べるんじゃない!」
「いやん、無理です。お腹減ってるのにぃ」
「微塵も可愛くないからダメー。はい、しまって!」
「チッ、無理か。ちょっとぐらいイケると思ったのにな」
「イケねーよ」

すかさず誠がツッコみ、一連のやり取りはクラスの笑いを誘った。
いくらしなをつくってみても、京に庇護欲を抱く者はない。
可愛いげがないのとは違う。おとなしく庇われ、守られるような人間じゃないし、似合わない。
京はいわば太陽だ。
だとしたら、繊細な美貌を持つ千草は月なのだろう。
どこか儚げに見えて、神秘的で美しい。


寮への道すがら、前方で離れて里久と歩く千草を眺めていた京は、昼の事件について誠と話していた。

「調理段階で混入する可能性はほぼないから、配膳時に混雑する中で誤って入ったんだろうってさ」
「……なに」

誠は京の不満げな様子を察したが、返ってきたのは独白だった。

「俺が見てた。目の前で用意されたトレイを、俺が運んだ。千草の口に入るものなのに。もっとちゃんと注意してれば気付いたはずだ」
「そんな事誰も想像できないって。悔しいのはわかるけど、多分これは防げなかった。だって“お前”が見てたんだぞ」

誰より近くで千草を見つめ、誰よりも千草を守ろうとしている事はわかっている。
時に自分のことよりも千草を一番に考えていることは、誠でなくたって気付くだろう。
そんな京が気付けなかったのだから、他に誰が防げたというのか。

「お前って男前だったんだな」
「意外そうに言うな」
「根は真面目だからなー。意外と!」

わざと意外を強調してニヤつく誠は攻勢を緩めず、京の背中をばしばし叩く。

「献身的で一途だな!」
「うっせぇ!」

からかって遊んでいた誠だが、ふと真剣なトーンで呟く。

「……伝わるかね?」

あえて“何が”とは言わない。
けれど京にはその意味がわかった。

「別に。俺はどっちでもいいよ。千草が幸せなら」

綺麗事でも強がりでもない。
でなければこれまでに私欲に走っていたはずで、本当はどこまでの関係か?なんて友人に探られる事もなかっただろう。
誠が笑みを浮かべたのは揶揄うつもりではなく、自分には想像もできないという称賛の気持ちからだ。
そして照れ隠しに冗談めかしながら、本音で友人に寄り添う。

「健気だぁー。横取りされたら、俺が全力で笑ってやるよ」
「あぁ。そうして」

京も冗談に乗ったように見せて本音で答えた。
失う事を覚悟しながらただ想いを傾ける。それを無償の愛と言うのだろうが、京に言わせれば自己満足だ。


部屋に帰るなり礼を言われて、京は目を丸くした。それが感謝でさえ、見返りなど求めていなかったからだ。

「京が責任を感じる事じゃない。ただの事故だよ。運が悪かっただけだ。だから、京がそんな深刻に考えることじゃない」

ちらりと目を合わせただけで動かない表情は、一見冷ややかで感情が見えない。
けれど語る口調は穏やかで、そこには気遣いが感じられる。
京には思いがけぬ喜びで、自然と笑みが溢れる。

「いいんだ。俺は千草を心配するのが好きだし、千草を守るのが本意だから」

いつも人前でおどけてみせながら、千草には真摯に向き合い、寄り添い、一度だってその弱さを嘲笑したことはない。
温かいものに包まれる様な安心感と心地良さ。千草にとってそれがどれほど心強く、感謝しているか。
なのに、京はありがとうの言葉ひとつさえ求めない。
どうして?という疑問には、人間性。人格者であるとしか千草には答えが浮かばない。
だから彼は多くの人を惹きつけるのだ。

「あえて言うなら、千草が笑ってくれる事が俺にとってのご褒美かなぁ」

芝居がかったトーンがふざけて聞こえるから、本気かどうかわからない。
けれど千草はつい笑ってしまう。
呆れて漏れた乾いた笑いであっても、京は喜んでありがたがる。そして幸せそうに笑うのだ。

[*前へ][次へ#]

16/47ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!