Lovely Prince
6
左と言われた方に後ろから腕を回して抱きつくと、体で感じる厚みや体温、呼吸で何となくわかった気がした。
安心できるような、覚えのある感覚。
里久に手を引かれ定位置まで戻って目を開ける。
「左」
自然と笑みが溢れる。
「……正解!」
「すげぇー!」
皆驚いて顔を見合せ、興奮して声を上げた。
「よくわかったね」
ウィッグを取った京が、優しい微笑を浮かべて立っていた。
「うん」
本当はすごくハラハラしていて、間違ったらどうしようと恐かった。
だからすごくホッとして、本当は京にくっついて抱き締めてほしかったけど我慢した。
誠達は皆揃って借りた物を返してくると言って、ニッと笑って京と目を合わせた。
それは京と千草を二人にしてあげようという気遣いだったのだが、一人の演劇部員が鈍かった。
自分が荷物を部室に持って帰るという提案は彼なりの気遣いだったのだが、彼は強引に連れられて行ってしまった。
二人きりになると照れ臭くて、ちゃんと目を合わせられない。
「偶然じゃなくて、本当にわかったの?」
手をとってそばへ引き寄せられ、更に腰を抱かれて密着する。
「偶然だったら?」
照れ隠しにわざとふざけて言ったのを、廊下で息を潜めていた面々は意外に感じていた。
千草がそうやって冗談を言うのも珍しかったし、二人きりになるとこんな感じなんだというのが新鮮だった。
「どっちでもいいよ。わかってくれたんだから」
もし皆の前だったら、京は「どっちだよ!?」と焦って問い詰めるだろうが、二人で居ると穏やかで優しい、笑みが窺える甘い声を出していた。
「偶然じゃないよ」
千草からも硬質な印象は抜けて、甘えた声色だ。
くすくすと笑った京に甘え、拗ねる様に、何?と聞くと、京もとびきり愛情に満ちた声を漏らした。
「チョコを食べた千草が、すごく可愛かったなって。人前なのに甘えるから」
「もぅいいよっ。あれはお酒が入ってたから…っ」
恥ずかしいから思い出させないでほしいのに、京はそれが可愛いと思うのか。
「今は?二人なのに、甘えてくれないの?」
「だって…っ」
二人でもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいし、京はそれも好きだって言ってくれたはずだ。
そう言って強がってごまかそうとしたけれど、京は今甘えないのかと言ったのだ。
求められれば応えたい。
京になら、“可愛い”と思われたい。
それは“愛しい”気持ちからくるものだと思うから。
両手をのばして胸に擦り寄ると、そっと包んで撫でてくれる。
「こうして抱きついた胸とか、体温とか……この呼吸も。全部が京だってわかる。ちゃんと覚えてる」
だって。
「だって……。京はずっと、ずっと昔から、俺を助けてくれた。恐くて、パニックになった時、こうしていつも助けてくれた…っ。だから……」
どうして、忘れるわけがあるだろう。
京は救いだ。
唯一無二の救世主で、優しく包まれる大きな愛で。
最早、自分の心の一部だ。
「京を見失ったりしない。夢の中にだって助けに来てくれるって、もうわかったから。恐くないって気づいたから」
「皆が味方になって、千草のために動いてくれたからだ。だから中学生達もわかってくれたし、大切な事にも気付けたんだ。皆に感謝しないと、ね」
密かに聞いていた面々は、照れ臭くなって顔を見合せた。
「千草が頑張ってきた事を、皆も知ってるからだよ。だから千草を応援したいし、力になりたいって思うんだ。……強くなったね」
言葉が重く、深く響いた。
「本当に、強くなった」
それは何より、京が居たからに決まってる。
京が居なければ、今の自分は無いのだから。
だから今は、京の言う通り素直に甘えてみる。
「もっと褒めて」
恥ずかしくて胸に顔を埋めると、京はふっと笑いながら撫でてくれた。
「可愛い」
その言葉に、想いに、心が癒され満たされる。
腕をのばして首に絡め、あごを上げて首筋に顔を埋める。
「好き」
顔が熱くなる羞恥に耐え、精一杯の言葉で囁く。
額にちゅっと口づけが降り、甘い囁きが耳元で響いた。
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