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Lovely Prince

「自分でなんとか出来ないんだろ?見てやるから、手を放せ」

京が苛立ちを滲ませる事も珍しいが、それが向けられる対象が千草である事が尚更あり得ない光景だ。
いやいやと幼い子供の様にごねて逃げる千草に焦れ、軽い舌打ちすら聞こえた。

「なら、自分でできるんだな?そんなに嫌なら俺は見ないし、手も出さないぞ。いいんだな?」

厳しい口調と表情で突き放され、どうするのだろう?と密かに衆目が千草へと移動する。
皆の中に生じる選択は二つだ。
つんと不機嫌な様子で反発するか、抵抗をやめ京に頼るか。
けれど、正解はそのどちらでもなかった。

「んぅっ」

悲しげに目を潤ませながら、ぴたんと小さな拳で京の胸を叩いたのだ。
嫌がっていたように見えたが実は怖がっていただけで、本当は助けてほしかったらしい。
京はそれがわかっていたから突き放す振りができたんだと気付くと同時に、逆に千草の方も助けてくれると思っていた京が意地悪をしたから怒ったのだと察した。
その怒り方が可愛いと思われてるとも知らず、千草は京の腕をぐいぐいと揺すって何とかしろと催促する。

「わかったから。なら、ほら。口を開けなさい」

あごに手をかけ、いざ顔を上げさせられると恐怖心が増して、潤んだ黒い目が不安げに揺れる。

「んぅう…っ」
「大丈夫。まだ見るだけだよ。まぁ、このまま怖がって抵抗し続けるんだったらむりやり指突っ込んでこじ開けるけど」

すました顔でさらりと脅し文句を言われ、千草はびくりと怯えていやいやと首を振った。

「はい。じゃ、あーんして」

薄く唇が開き、小さく口が開いたのがわかると、京はぐっと親指を差し入れた。

「噛むなよ」
「あぁー…っ、いはいぃ」

京にしがみついた手が小刻みに震えていることが、痛みや恐怖の大きさを物語る。
けれどこの騒ぎを聞きつけて今や堂々と野次馬化した者達は、同情や動揺を繕って見せながら、隠しきれない高揚を感じていた。
涙を滲ませ潤んだ目に、ほんのり色づいた頬。艶やかな唇。そしてこの構図や仕草、会話などすべてが、見る者に不謹慎な妄想を抱かせる。
指を含んだまま喋ると更に材料を与えるだけなので、京はしぃっと千草を黙らせた。

「……クリップだ…!」

その一言が場の空気を凍らせた。

「千草、しぃ。そのまま。大丈夫だから、いいって言うまで絶対に目を開けるな」

いいな?と念押しして、テーブルからさっと紙ナプキンを取ると、口から取り出した銀色の小さなクリップをそれに包んだ。
指を拭ったナプキンが赤くなったのを発見し、そこから野次馬の波にどよめきが広がっていく。

「口閉じていいよ。クリップでどこか傷付いたんだろう。痛いかもしれないけど、一回口をゆすいでから保健室に行こう」

言いつけ通り目を瞑ったまま、千草は素直にこくんと頷く。
京はクリップを包んだナプキンと指を拭ったものとを素早くポケットにしまい、自分達の食事の片付けを誠に託した。

「いいよ、千草。行こう」

手をとって立たせたり、支える様にして肩を抱く姿を見ていると、口内を怪我しただけの人間を相手にしているとは思えない。
滅多に見られない真剣な顔を見せるほど、京にとってはそれが重大だという証だ。
そこに違和感を覚える者が多くないのは、普段からの千草への執心ぶりはもちろん、千草自身の動揺が大きかったのを見たせいだ。
人間味を感じない冷ややかな表情に高潔さ、神聖性を見出す者も居れば、高慢さ、無愛想と捉えネガティヴな印象を持つ者も居る。
好悪どちらであれ、それまでの印象を崩すような瞬間であったのは確かで、それですら美しく絵になってしまうのも否定できない事実だ。
それを普段から一番近くで見て耳目も気にせず称賛している京が、至って冷静に対処していた。
そのクールでシリアスな素顔を目の当たりにし、彼への好感が更に上昇した。
けれど彼はその人気に執着しない。
親交を求められるのは嬉しいが、大切なものの為ならいつでも捨てる覚悟がある。
京にはそれが千草なのだ。
評価や人間関係、もしかしたら家族よりも。

捉え方によっては他人に関心がないとも言える千草の性質だが、その表現は正確ではない。
彼は、自分とそこに関わるわずかな事象を残して一切を切り離し、意識から排除する傾向にある。
それは彼の防衛本能だ。
高慢。利己的。冷淡。狭量だ何だと言われようが、京はそれらに耳を貸さない。直接害が及ばなければ、他人の評価などどうでもいい。
重要なのは、千草が心も体も健康で生きられることだからだ。
千草が傷付き、壊れても、誰が責任をとってくれるわけでもないのだから。

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あきゅろす。
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