Lovely Prince
8
どうする?と聞かれ、千草はそれを思い返して想像した。
その頃はまだ、京が大切だって気づく前だった。
事件への恐怖も、暗闇や血への恐怖も必死に抑え込み。
強くあろうと意地を張って無理を続けていたから、何かと気にかけて構ってくれていた京が鬱陶しく迷惑に思っていた。
京はそれでも友人として懲りずに構い続けてくれていたけれど、もしも今その頃に戻ってしまったら……。
「それは……悲しい……」
「その頃の自分は?どう思う?」
一度考えだしてしまうと、催眠の様に誘導されて考えてしまう。
「壊れてた……」
心が。バラバラに傷付いて。
「何処か……。何か足りなかった……」
それは恐らく京の愛だ。
見て見ぬ振りをしてごまかしてきた壊れた心に、京が根気強く寄り添ってくれていたから。
だから知らずに少しずつ癒えて、京という大事なパーツを知って傷に向き合えた。
「もし、京が千草に幼馴染みだったって言わなかったとしたら?事件の時の事を言わなかったら?」
「ゃ…っ」
千草は目眩を感じ、その恐怖を必死に否定した。
「何で嫌なの?それでも二人は付き合ったかもしれないし、そしたら千草は中学生達の王子様のまま、ガッカリしたって責められる事もないだろ?」
もっともだ。
けれどそれでは……。
「だって、京は……大丈夫だって……。京が、ちゃんと、大丈夫だって…っ」
「京が事件の事を大丈夫だって言ってくれたから、千草は壊れてたのが治った?それで人を好きにもなれた?」
誠を見つめ返して、視界が潤んでいるのに気づいた。
「だけど千草が、その頃の壊れてた何か足りないまんまの方がよかったって思ってる人も居るけど?」
千草は涙目のまま、ふるふると首を振った。
「や……、待っ……」
けれど誠の質問は止まない。
「ならやっぱり、京が何も言わなかった方がよかったかな?千草が変わったってガッカリさせないためにはそうするしかない。だけどそうすると千草は壊れたままだから、やっぱり人を好きになる余裕がなくて京とは付き合えないな」
足らない。
壊れたままの、欠けた世界。
「どうする?京をそばに置いといたら千草を変えちゃいそうだから、最初から居なかったことにしようか?」
京の居ない世界には、意味なんて無くなるのに。
「ぃやっ、ちが…っ」
違う。
京はそれでも生きろと言っていたじゃないか。
だけど誠は“最初から居なかったことに”するって言った。
「京…っ。京は!?」
恐くなって耐えられなくて、周りを見回した。
さっきまで居たはずなのに。
誠が言って離れさせたはずだ。
「誠っ、京は!?」
「千草」
誠は、真剣な顔で真っ直ぐに目を見た。
「京は、居ない」
ぞっと、背中を恐怖がはしる。
捜しに行こうとする手を誠にとられて、自分の手がとても冷えている事に気がつく。
「嫌だ!放せ!」
こんな冗談にはもう付き合っていられない。
今すぐ京が居ると確認しないと、この恐怖に耐えられない。
「千草。京なんて最初から居なかったよ」
「ちが……。違う…っ」
真実が。
現実がわからなくなる。
「千草は最初から皆の王子様で、千草には救いの王子様は居なかった」
涙が頬を伝う。
「ぅ……あ…っ」
ぐらぐらと歪む世界に立っていられなくて、頭を抱えて座り込む。
「ぅそだぁ…っ!違う!ちがう…っ!」
誠は千草が泣くのを見て、激昂した。
「見ろ!お前らが千草に求めてんのはこういう事だよ!京が居なかったら千草はずっと傷ついたまんまだし、京と出会ったから千草は傷が癒されてんだよ!今もな!千草が変わったのは京が居たからだ!京と出会ったからだ!他の誰のせいでもねぇんだよ!……里久!」
蒼白で立ち尽くす三人を睨みながら、誠は終わりの合図をした。
「千草!」
京が駆け寄ると、千草は震える手をのばして抱きついた。
「どうして居ないの…っ?居なくならないって言ったのにぃ…っ」
「ごめんな。もう大丈夫だよ。ほら、立って。こっちおいで」
京は千草を立たせて、少し離れたところで二人になった。
千草を抱き締めて落ち着かせ、言葉を尽くして慰めるのを、誠も中学生達と見た。
「千草はああやって、想像もできないくらいでっかい傷背負ってんだよ。それを苦労して、京が何とか支えて治そうとしてんだよ」
里久も、誠に続けた。
「俺達じゃ無理だよ。良くも悪くも、千草は京にしか変えられない。それくらい京は千草にとって特別なんだよ」
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