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Lovely Prince

千草を気にして見ていれば、頻繁に図書館に通っているのはすぐにわかる。
本を読んだり借りるだけを目的に通うのではなく、図書館への行き来にのんびり景色を見るのも楽しみの一つだ。
何を探すでもなく、本の背表紙を眺めながら高い本棚の間を歩くのも好きだ。


その日、千草は図書館を出たところで、まだ幼さの残る高めの声に呼び止められた。

「あの、先輩って……」

じっと探るような視線が、階段の上から冷たく刺さる。
続く言葉を待つ間も、居心地の悪い空気がその場を支配していく。

「変わっちゃいましたよね」

ふっと鼻で笑ったように見えたのが、すぐには理解できなかった。
勘違いだろう、と。
そう思う間も無く、今度はハッキリと片頬を歪めた嘲笑が浮かび、途端にすぅっと心が冷えていくのを感じた。

「前はもっとカッコよかったのに……」

鋭い爪が、心の表層をゆっくりと引っ掻いていく様な。
じわじわと鈍い痛みが広がっていく。

嘲笑を残し、彼はさっと図書館に戻っていった。


別にこれまで人によく思われたくて振る舞いを気をつけていた事も無いし、人に好かれたくて言動を演出した事も無い。
協調性がなく、人に関心も持てない。欠点だらけの冷たい人間だと思っていたから、その内人に不快感を与えたくなくて自ら孤立するようになっていった。
そんな自分を変えたのが京だ。

変わってしまった自分に失望した彼は、以前の自分に一体何を見ていたのだろう。
高木先生の様に、孤立した姿に好きな幻想を求めて重ねていたのかもしれない。
それは高木先生の言う“神聖さ”だったり、彼らの言う“王子様像”だったり。
けれど自分は何者でもなく、やはりただの人間に過ぎないのだ。
そのギャップに失望し、責任をこちらにぶつけられても、翻弄されるばかりで悲しい。

確かに自分は変わってしまったのだけれど、本質的には何も変わってないとも言える。
一度バラバラになった心を、京が丁寧にかき集めて、時間をかけて組み立ててくれた。
ずっとそばに居て、傷を少しずつ癒してくれた。
やっと笑えるようになって、これから京がしてくれた分を返せるかな?なんて考えてもいた。
感謝しているから。
好きだから。
京が変えてくれた事がとても嬉しかった。

回復は痛みを伴って、次第に強くなっていく。
京を信じてるから、第三者の正義の枠で心が歪められても、きっと耐えて強くなれる。


千草は部屋に戻るなり、京に抱きついてその胸に頬を擦り寄せた。

「何?どうした?」

笑みを含む、優しく耳に届く低音が心地好い。

「好き……?」

恥ずかしい事を聞いてるとはわかってるから、胸に顔を伏せて隠した。
だけど、そのたった一言で幸せに満たされると知っているから。
今は甘えてねだらせてほしかった。

「好きだよ」

その囁きが笑みを生む。
背に回した腕に力を込めると、更に大きな温もりが包んでくれた。

「可愛い」

独り言ちたその囁きさえ、そっと心を癒してくれる。


黒川を選んだのは、かつて近くに住んでいて事件を実際に知っていたからかもしれない。

「事件があって、新海がどうして他人を憎むようにならなかったか。わかる?」

話を聞いて、黒川はにこりと笑いながら言った。
千草は黙って首を振って、話の続きを待った。

「理不尽な目にあって、誰かを憎んだり、社会を恨んだりさ。しないよね、新海は」

そう意識してやっていたわけではないから、照れ臭くて目をそらした。

「だからだよ」
「……え?」
「だから新海は人を拒絶して、現実を拒絶して、自分の心を壊してしまう方向に行ったんじゃない?」

その負荷が外へ向かえば、自分を壊す事もなかったかもしれない。
けれど千草の弱点は、同時に千草の美点でもある。

「一真さんにも、そう言われた事がある」

だけどその時の千草は、ただ弱い自分が悔しくて、もどかしくて、その言葉が理解できなかった。
強くなりたいと願うのに、その方法もわからないで、無理に強がって心を消耗させていた。

強さとか弱さにこだわって、守るとか守られるという事に敏感になった。
強さを求めて臆病になり、ますます自分の首を絞めた。

「そういう繊細なところも、新海の美点だろ?伝わらなくて誤解されても、それが新海にとってよかったって俺達はわかってるし。新海が変わったのだって、いい変化だってわかってるよ」

恋人と友人のおかげで、曇りなく笑えた。

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あきゅろす。
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