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Lovely Prince
第二十一話 満ち足りた世界
恋人が可愛い我儘を言い出した事に、京は最初何も言葉を返せなかった。
デートをしたいと言ったから、また学校の敷地内を散歩するくらいならば……と思ったが、千草が求めているのはそうではなかった。

「……街に?でも……」

遊びに行く程度では外出許可が下りない事は千草もわかっているはずだ。
家庭の用事であれば保護者の確認が要るし、まとまった休みに一時帰宅する時も必ず担任が保護者と連絡をとる。

京の兄に頼めばきっと喜んで協力してもらえるだろうが、以前は高木の事件で学校側が千草に借りがあったから特別に許されただけで、二度は無い。

「千草」

無理な願いだと知りながら、それでもそんな嬉しい事を言ってくれるのが可愛い。

「今すぐには無理だけど、そのかわり夏休みは二人で帰って、毎日デートしよう、ね?」

叔父の一真が外国に居るから、千草はこれまで一時帰宅をあまりしなかった。
京は兄に会う事を嫌っていたのもあって、大概一緒に残っていた。

「一真さんとウチの親の許可があれば、きっと千草がウチで過ごせるようになるよ」

さっきまで拗ねていた千草は、笑みを弾けさせて京に抱きついた。


夜、誠と里久は落ち込む千草を慰めに部屋に訪れていた。
文化祭で出し物をするクラスに選ばれなかったので、演劇部の押しが強くなってきてまいっているのだ。
嫌がる千草を見て責任を感じた黒川は、自分達のクラスの出し物に参加させればどうかと考えた。
演劇部を裏切った黒川の提案はクラスメイトを盛り上げさせ、出し物決めは千草ありきで進められている。
今のところ挙げられた候補の中だと、コスプレ喫茶の人気が高いらしい。
誰が男のコスプレを見にわざわざ来るのか甚だ疑問だが、京と千草セットで欲しいという要求から察するに、狙いはコスプレではないようだ。
とにかく二人をウェイターに使って客寄せパンダにさせたいらしい。

客を呼べるからという理由で駆り出される事よりも、千草がショックなのは京とゆっくり文化祭を見てまわるのが叶わなそうな事だ。
デートが出来ないぶん楽しみにしてたのに、どうやらそっとしてくれるつもりはないらしい。


ふて腐れてソファーで横になっている内に寝てしまった千草を揺すって、京はそっと抱き起こした。

「千草。ほら、寝るならベッドに行こう」

甘えて抱きつく千草の背を、優しくあやす様にぽんぽん叩く。
が、起きるつもりがないのを察して「しゃーない」と溜息をつく。

「んっしょ」

千草を横抱きにすると、誠にドアを開けてもらってベッドに運んだ。

「おやすみ」
「……しゅみー」

半分寝ていて口が回っていないのが可笑しくて、京は思わずふっと吹き出した。


そろそろ部屋に戻らねばならない時間が迫り、誠と里久が腰をあげた時だった。

「しっ!」

寝ているはずの千草の声が聞こえた気がして、京は耳を澄ました。
すると今度ははっきり千草がぐすぐすしくしくと泣いてるのが聞こえて、サッと立ち上がり部屋に入っていった。

千草を起こして慰める声が扉越しに届く中、誠と里久は静かに部屋を後にした。

京に起こされた千草は、京の胸で震えて泣いていた。

「どうして……?いつも来てくれるのに…っ。あのクローゼットで、ちゃんと待ってたのに…!来てくれなかったぁ」

可哀想に。
きっとまだ京の事件の不安が残っているのだろう。
だから珍しくあんな我儘を言ったのかもしれない。

京はぎゅっと千草を抱き締めて、夢の中でも必ず迎えに行くと約束した。

「眠るまで、そばに居るから」
「うん……」

目の前で両親を殺される場面を想像してみたって、いまいちピンとこない。
その場に居た人間にしか、その恐怖はわからないのだ。
ただ想像も出来ないほど、とてつもないものだとしか。
だから京は寄り添って、そのとてつもないものが癒えるのを待つ。
全身に負った深い裂傷を、一つ一つ丁寧に癒していく様に。時間をかけて。


客寄せパンダは、文化祭より前に二人のもとへやって来た。
定期的に行われる図書館の整理活動は面倒で、誰もやりたがらない。
ただでさえ広いのにやる人も少ないので、いつも一部だけやって他はまた次回。という事になるのだ。
たまたま誠が話したのを聞いて、図書委員の森城先輩がこちらにも利用できると思い付いてしまったようだ。

了承するより先に、京と千草が手伝いに来るのはすっかり宣伝されていた。

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