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Lovely Prince

寮の各自室に挟まれたリビングのソファーで、千草はその日、図書館から借りてきた本を読んでいた。

「ん…っ」

きりのいいところで本を閉じて伸びをする。そこに目の前に現れた京が不意に抱き着いてこようとしたから、咄嗟に胸を突っぱねた。

「足は酷くないか?」
「そうか?」

慣れたもので、京は何事もなかった様に千草の隣に座る。

「何でくっつくんだ」
「今度から俺が居ないからってインチキ王子に勉強を見てもらいに行くのは禁止」
「インチキ……?」
「あの会長だ!高嶺さんとマンツーマンで家庭教師ごっこなんて許さんぞ!」

確かに高嶺さんには以前から何度も勉強を見てもらっている。
素敵な夜がどうとか思わせ振りな事を言ってわざわざ京の神経を逆撫でしたから、その後が面倒だった。

「だから、それはちゃんと説明しただろう」

溜息まじりにうんざりして答える。

「だ・か・ら!その上で高嶺さんとマンツーマン禁止令を発令してるんじゃないか!」
「そんなのわからないだろ。たまたま二人になる事だって無いとは言えない」
「千草はそんなに俺より高嶺さんがいいのかぁー!」

ばふんっとソファーに倒れ込んで大袈裟に騒ぎ立てる。
子供が駄々をこねているようだ。

「俺は可能性の話をしているだけだ」

それを聞いた途端ガバッと体を起こすと、嬉々として寄ってくる。

「なら、千草は俺のものだな」
「何故そこへ飛躍する」

ニヤニヤしながら顔を寄せる京を押し返す。が、抵抗も虚しく押し倒される。

「京」

睨んでいるのにまったく気にせず距離を詰めてくる。

「おい、いい加減に……」
「おーい、行くぞー」

誠がノックもせず開けたものだから、朝っぱらから押し倒されている場面を目撃されてしまった。

「あらやだ、お邪魔?」

しれっと言ってのける誠の後ろには、顔を真っ赤にした里久が固まっている。

「ちっ!もう少しで何とか出来ると思ったのに!」

京はいつも通りおどけてヘラヘラしている。

「お前な、いい加減そのセクハラやめないと本気で千草に見放されるぞ」
「セ、セクハラ!?」

千草は力では敵わないが、せめて苛立ちをぶつけたいと京の肩を思いきり殴った。
痛いと言いながら笑っているのが更に千草の怒りを煽った。



教室や廊下は、授業の合間の僅かな時間を好きなように過ごす生徒達で賑やかだった。
千草は窓際の自分の席で、感情の読み取れない整った顔を後ろの席へ向けている。時折見せるほのかな笑顔や、じゃれる京を怪訝な顔でかわすのも他では拝めない貴重な姿だ。

廊下側の開け放たれた大きな窓からは、他クラスの面々がずらりと顔を出して観察している。
その中に何故か混ざっているのが誠と里久だ。

「多賀。お前、あの二人と居て何で普通にしてられんの?」
「んー、何でって……お友達だから?」

すました顔で冗談を言う誠なだけに、聞いた方はその真偽が掴めない。

「なぁ!実際間近で見ててどうなんだよ!」
「何かあるだろ!?」

その言葉が何を期待しているものかわかってはいたが、素直にあれこれ喋る気にはなれずとぼけて回避する。

「千草のお肌はちゅるすべよ?もうアレだ、作りもんみたいな!持って生まれた美貌っていうかさ」
「求めてた答えとは違うけど、それはそれで聞きたい情報!」
「本の話をすると夢中になって子供みたいに目をキラキラさせる時があるんだけど、そういう時に“あ、人間だったんだな”ってマジで思うね」
「うわー、わかる。なんかもう二次元だもんな、存在が。メシ食ってるだけでもちょっと人間味感じて俺テンション上がるもん」
「その新海さんの本好きを知って図書館で張ってなんとか近付くチャンスを狙ってるヤツらが居るみたいだけどさ、全然学んでないよなぁ。嫌がられるだけなのに」

窓に寄り掛かる誠の腕の間からちょこんと顔を出している里久は、頭上でなされる会話を視線を行ったり来たりさせながら聞いている。

「一か八か無謀な博打に期待するのもわかるけどさぁ。結局はこうやってはたから見てるのが一番自然でキレイな姿を拝めるってことだよな」
「まぁ、向こうさんからすりゃチャレンジも出来ない腰抜けって認識なのかもしれんけど、相手の迷惑も考えずエゴを押しつけるより全然マシだと思う」

それは同意だ。と、誠も頷く。

「千草には最悪な認知のされ方をされるだろうし、そうなったら必然的にアイツから敵認定される」

朗らかで平和主義な京が怒気や嫌悪を向けるなら、その人物への誠の対応も決まる。
京とは思考や性格が似ているから一緒に居て楽しいし、とても自然で居られる。
媚びてうまく腰巾着の座を勝ち取ったと揶揄されても、誠には嫉妬と負け惜しみにしか聞こえない。

「あの二人に拒絶されたら終わりだな」

こうして遠巻きに観察する面々は、欲望に従い身勝手になれば、残りの学生生活を針のむしろで過ごすことになると知っているのだ。

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あきゅろす。
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