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Lovely Prince

昇降口へ戻ると、靴箱に寄りかかって不機嫌そうに腕を組む姿があった。

「拗ねてるのか?」

想像通りだったのが可笑しくて、千草はほんのりと笑みをこぼす。そこに硬質な空気は無い。

「拗ねてはない」
「ちょっと居なくなったくらいで、そんなに拗ねるな」

拗ねるというより、機嫌を悪くしたようだ。
笑顔のイメージが強く、怒っても冗談のノリでだったから、今回もふざけているのだろうという思い込みが千草にはあった。

「違うっ。そんな事で怒ってるんじゃない!」

びくりと肩が跳ね、反射的に後退る。

「怒って、る……?」

ざわざわと、背筋を這いのぼってくるのは恐怖だ。
表情筋がひきつり、体が強張る。
冗談だと言うのを期待したが、黙ったままの京に鋭い目つきで見下ろされると指先から震えそうになる。
これじゃあ自分に非があると認めるようだと思ったけれど、怒鳴られる恐怖とフラッシュバックで冷静な思考ができない。
混乱しながら、熱が引いていく指先を握る。
腕組みから、片手で靴箱に寄り掛かる体勢に変えただけで背筋が震える。

「あ……、えっと……。その、悪かった」

この状況から逃れたい一心でとにかく謝る。
そこをツッコまれれば説明のしようがないが、見透かしたように京はそこを突いてきた。

「何か、謝らなければならない事があるのか?」

恐怖と戸惑いで顔をそむけると、それらは益々膨らみ混乱を招いた。

「……っ」

呼吸が、うまくできない。
額にじわりと滲む汗を拭おうとする指が、情けないほどかたかたと震えているのが見えた。
更には盛大な溜め息一つで遂に涙が滲んできた。すると京はハッとして、ぴたりと静止した。

「何が、原因か……わからない。でも、非があれば反省する」

声が震え、情けなくてうつむいた。
誰かが声を荒らげ、怒鳴るのが苦手だ。乱暴で、暴力的な事が恐ろしくて、逃げ出したくなる。
何か答えるのをじっと待ったが、何も答える様子がない。
すると突然ガバッと抱き締められ、頭が真っ白になる。
何が起きているのか。理解出来ない。

「ごめん千草!俺の方こそ許してくれ!あぁ、こんなに可愛い千草を泣かせるなんて…っ!ヤツらの口車にのせられたばっかりに……ごめん!」

事態が飲み込めず呆然とする千草を抱き締め、京はひたすら謝った。

「なに……?何、わからな……」

指先が冷たくて、はぁっと息を吐いて温める。が、その呼吸も、唇も、いつのまにか震えている。

「ごめんな。恐かっただろ?こういうの苦手だって知ってたのに。悪い事した」
「怒って、ない……?」
「怒ってないっ。何も怒ってないから」

それを聞いて安心しはじめたのも束の間。

「ごめん!」

誠と里久が現れ、訳がわからないまま京と目を合わせると、申し訳なさそうに引きつった笑みを浮かべていた。

「お前……」
「いや、待て千草!」

口車にのせられたと言っていたが、その時は混乱していて理解できていなかった。
ドッキリか何かのつもりなのかもしれないが、何か試されたかの様で気分が悪い。
京は立ち去ろうとする千草を慌てて引き止めるものの、強い怒りに狼狽えてもいた。

「ちょっと待って、千草!」
「離せ!」
「ちゃんと話すから!」

真剣な京を信じ、理由があるのなら聞くだけ聞こうと千草は京に向き直る。
京の後方では、申し訳なさそうに俯いている二人の姿が見えた。

「悪意があった訳じゃないんだ。ただ仲良くなろうとしただけなんだよ。でも、やり方を間違えた。本当にごめん」
「理解できない」

許せないという意味ではなく、本当にまだ理解が追いつかないという意味で千草は答えた。

「京はすごく反対したんだよ。千草を動揺させたくないって」

反対する理由を、京は彼らに話さなかったのだろう。千草が何を恐れているか。だから誠達は、その深刻さを知らなかったのだ。
友人同士がドッキリを仕掛けてふざけるくらい、大したことないと思って当然だ。
これは里久と親しくなる為の、楽しいお遊びになるはずだったのだ。

「千草を笑わせる事は難しいし、泣かせたくもなかったから、ありもしない言い掛かりをつけて逆ギレさせようかと思ったんだけど……」
「わかった」

自分が台無しにしたのだと悟り、千草は目を伏せた。

「またふざけてると思わせないように、ちょっと本気になり過ぎた」

頭を撫でて慰められても、抵抗する気も起きない。

「悪かった、里久」

千草が少し頭を下げると、里久はぶんぶん首を振り、こっちこそと何度も謝った。

「よぅし、千草!二人で散歩にでも出掛けよう!仲直りのデートを……」
「嫌だ。勝手に行け」
「手厳しい!」

京が二人で授業をサボりたがるのを無視して、千草は教室へ足を向けた。
後ろを歩く誠と里久は、顔を見合わせて密かに笑った。
千草は京に後ろからのし掛かるように抱き締められているが、抵抗せずおとなしく抱き締められている事に気付いたからだ。

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あきゅろす。
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