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Lovely Prince
第二話 光と影
生徒で賑わう昼の食堂。千草が選んだのは、日替わりメニューの洋定食だ。
正面の京は和定食を口に運んでいた箸をとめ、溜息混じりに言った。

「千草。無理はしなくていいけど、もう少しだけ食べないか」

アイスティーの入ったグラスを手に、千草はもうごちそうさまな雰囲気だ。

「制覇しただろ、半分も」

この功績をほめろと言わんばかりに軽くあごを上げ、トレーを指さす。
「半分じゃ制覇とは言えないんじゃ」という里久の指摘は聞こえない振りだ。
誠は丼をがっついてもごもご言いながら何か喋ったが、里久に叱られて大人しく食事に専念する事を決めたらしい。

「そんなに心配するほど?」
「いいか里久。ずっと近くで見てたらそんな悠長な事言えなくなるぞ」

二人が何だかんだ言っている間に、誠が隣から残りを平らげた。千草はこれで逃げられると薄く笑みを浮かべ、短く礼を言ってトレーを手にさっさと退散する。
京の声に耳を貸さず、食堂を後にした。


図書館のそばの、高い生け垣に囲まれた庭園の片隅。
ここは人が寄り付かずとても静かで、人目にもつかない。一人になるには絶好の場所だった。

穏やかな風が緑を揺らす。
白いガーデンテーブルとチェアが置かれたそこでまぶたが重くなるのを感じつつも、このまま睡魔に負けてしまうと午後の授業をサボる事になりそうなのでこらえる。
頬杖をつきぼーっとしていると、生垣の向こうから芝生を踏みしめる足音が聞こえてきた。
もしかしたら京が追いかけてきたのかもしれないと注視していたが、違った。
現れたのは知らない生徒で、目が合った瞬間彼はその場で固まった。
これまでここで誰かに遭遇する事がなかったので、自分が今他人の邪魔になっているという焦りも加わって咄嗟に腰を上げる。

「悪い。邪魔だったかな?」

彼はハッと気が付いたように慌ててばたばたと両手を振る。

「いえっ!だ、大丈夫です…!俺はただサボる為にたまたま来ただけなんで!あのっ、お邪魔するつもりは…!」
「サボる……?」
「あっ、すいません!出ます!授業にはちゃんと出ます、すいませんっ。えっと、こちらにはよく来るんですか?……って、すいません!余計なお世話ですよね、すいませんっ」

その慌て様に千草がわずかに苦笑すると、彼は目を見開いた。それも身を引いて大袈裟に反応するから、訳がわからない千草は眉根を寄せる。

「いえ、ただ……。京さんの前以外で、表情を変える事があるんだなって……」

無意識の部分を指摘され、自問して呟く。

「……京は、特別だから」

京の周りにはいつも人が集まってくる。自分はその中の一人に過ぎないと千草は思う。
けれど千草にとって、京は他とは違う“特別”だった。学園に来たばかりの頃、食堂で初めて話し掛けられたその時から。


精巧に作られた美しいフィギュアの様に、無表情で口数の少ない子供の扱いに周囲は明らかに戸惑った。
付き合いきれないと呆れ、苛立ち。困り、諦め。侮蔑し、嘲笑し、見ぬ振りをする。大人でも子供でも、人の反応というものは大概そうだった。
その中でも特に親しくなりたい気持ちが強い者は挑戦を重ねたが、誰がどうやってもその心を動かす事は出来なかった。
だから周囲は、手元に置いて愛でる事を諦め、観賞する事に決めたのだ。
聖域の様に守られてきた秩序。
だが、唯一の例外。それが京由嘉だった。

『ピーマン、嫌いなの?』

その時初めて人間が目に入ったかの様に、ゆっくりと合わせた黒い目が揺らぐ。
皆、千草がどう答えるべきかわからず混乱している間に去って行く。しかし京由嘉は、凍り付いた心が働き始めるまで笑顔のままじっと待ってくれた。
千草はそれがありがたく、嬉しく思った。
けれどもそれは同じクラスで、寮が同室だから。彼が明るい人気者で、性格がいいから。だから仲良くしてくれているのだと未だに何処かで感じている。
千草はそれでも構わないと思っているし、それ以上を望んでもいない。自分が京の特別じゃなくても、そばに居てくれるだけで構わない、と。

特別だと言った千草があまりに柔らかく微笑むから、目撃した生徒は思わず赤面した。
と思ったら耐えきれずに逃げ出してしまった。

千草は京の話が出た事で自分が逃げてきた事を思い出し、また拗ねているだろうと可笑しく思いながら校舎に足を向けた。

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あきゅろす。
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