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Lovely Prince

図書館に本を返却したら、次の一冊を選んで帰る。
時間がある時は庭園をうろうろして、一人で静かに座れる場所を探す。
そこで少し読書をして帰るのが千草の唯一の趣味とも言える安らぎの時間だ。
そんなに体が丈夫ではないのに肌寒くてもやめないので、京によく注意される。
今日も、手が冷えてからようやく本を閉じた。

「もう帰るんですか?」
「……!」

突然人の声がして、どきりと心臓が跳ねた。
固まったままハッと息を呑んで、今聞こえた声が何を言ったのか静かに戸惑いながら反芻する。
そしてゆっくり首を回して隣のベンチに人の姿を認めてから、視線が自分に向けられているのを見て初めて話しかけられたのだと認識した。
それから、彼が何故自分に話しかけたのか?その言葉の意図が何か?相手に何を求められ、今どう振る舞うべきか?などと考え始めるから、無反応のまま相手を待たせることになる。
一人で考えるより直接聞いてしまった方が早いのはわかるけれども、混乱を落ち着かせる為に必要なプロセスだから仕方ない。

「図書館の帰りですよね?あの、どんな本を読むんですか?」

問題が解決する前に次の問いが投げられ、千草の混乱した思考はもう会話どころではなくなった。
嬉々として話し掛ける相手に申し訳ない気持ちはあるが、もうここからどうやって逃げるか?しか頭にない。
いっそ気分を害して立ち去ってくれた方がありがたい。そんな事を思われているとも知らず、顔も名前も認知されていない一生徒はここぞとばかりに食い下がる。
何せ誰の目もない状況で千草と二人きりになれるチャンスなどそうそう巡ってこないからだ。
千草にとっては不運でしかなく、口を隠してひっそりと溜息をついた。
その気がゆるんだ一瞬の隙に距離を詰められ、気付いたら伸びてきた手を反射的に叩き落としていた。
驚きの表情から青ざめていく様を見ながら、今起きた現象を反芻して己の失態を悟る。
千草が返事をしないから、彼はただ本を見ようとしただけなのに。
怒ったと思われても構わない。とにかく逃げたい一心で、千草は青くなっている彼を残し寮へと足を向けた。

立ち尽くす彼の脳裏に残っているのは、千草の怒りや高慢さではなく、畏怖。
滅多に動かない美しい造形に怯えが滲み、途端にか弱くなった姿だった。
そこで抱くはずの焦りや申し訳なさより、庇護欲を感じている事に動揺を覚える。そんな千草の隣に居るのは京でしかないし、嫉妬や落胆してもしかたない。
望んでも叶わないだろうが、親しくなりたいと思わされてしまう存在なのだ。


「千草!」

寮の入口で出迎える姿は、我が子の帰りを待つ保護者だ。
日が傾いてきただけでそわそわしだした京を過保護だと笑う誠が、面白がって里久を連れて見学しに来ている。

「よかった、暗くなる前に帰ってきて。セーター着てなかっただろ。ほら、冷えてる」

体温の高い大きな手が千草の両手を包む。
その瞬間、また冷ややかな反応で突っぱねられる想像をしたのは誠だけではない。
けれど、その想像は裏切られた。

「あったかい……」

他人に急に触れられる恐怖や嫌悪を、千草は京に対して抱いたことがない。
心地いい距離感や、穏やかな口調。
根気強く返事を待つ笑顔に、優しい気遣い。
それらが安心や好感に繋がったのかはわからない。他の人間と京の何が違うのか。
けれど十歳で出会った時から、彼はこうして千草の笑顔を引き出す事が出来た。

「中で何かあったかいの飲もう。ミルクティーにする?ココア?」

千草の貴重な微笑みに見惚れ、幸せそうに笑み崩れ、声まで甘くとろけだす。それが京の想いを明確に物語る。
おどけて軽々しく口走っているようで、すべては単なる軽口ではない。

「ココア」

決して他には向けられない表情と距離感がここにある。
それが特別な関係を示していても、二人の好意の意味合いは違う。
一方が想いを抱きながらもここまでこの関係性が変わらずにきたのは、京が踏み込まなかったからでしかない。
何故か?
京はその追及をお決まりのオーバーなジェスチャーと芝居がかった調子で、単に千草に相手にされてないだけだと返してきた。
現に最も近くで二人を見てきた誠でさえそれを信じている。
冗談めかした表現は彼の個性だし、そのせいか千草にはまるで伝わる様子がないようだし。
だが里久は、それでも照れ臭そうに目をそらす。
見方によっては十分勘違いし得る空気感があるということだが、一長一短。
人の関心が集まれば、好悪入り混じる。
千草が衆目を意識しない分、そこをうまくカバーしているのが京だ。
新海千草は、彼にずっと守られてきた。

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