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Lovely Prince
第十四話 あまい平穏
これほど不器用だと痛感した事は恐らく無い。
京の時にはこんなに汚くはならないし、うまく出来ずにいつまでもだらだらと時間ばかりかかったりしない。
途中べそをかきかけながらも何とか頑張った成果。
キッチンのあちこちに道具が散乱し、流しには汚れたものが積み重なる。

「千草?大丈夫か?」

終わるまで来るなと最初に言っておいたから、やっと静かになって顔を覗かせた京。
普段から頼れるとは意識するまでもなく十分わかりきっていたのに、今改めて実感している。

「出来たー……けど」

皿の上には形の崩れた卵焼き。
二人でそこに目が行き、そして合わせて苦笑する。

「よく一人で頑張ったな」

よしよしと頭を撫でるのも今は素直にありがたい。
子供扱いか!なんて言える立場じゃまったくない。
自分は本当に、まったくもって本当に料理というものが下手くそなのだと今度こそ思い知った。
京の様に美味しくてきれいなだし巻きというわけにはいかなかったけれど、一応それっぽくはなった。
手掴みで一切れ口に運んだのを大きな不安に襲われながら見つめる。

「ん。千草のは甘い卵焼きなんだな」

言われて思い出してみれば、食べ慣れた京の味は塩気がきいたものだ。

「ダメか?」

好みじゃなかったかと落胆したら首を振って笑う。

「美味しいよ。それに千草が作る味はこうなんだ、ってのがわかって嬉しいし」

うっすら記憶にある味。
幼い頃に食べた甘い卵焼き。
お袋の味ってのはこうやって受け継がれていくのかもしれない。

そもそも苦労するとわかっていて夕飯前に作り始めた訳は、何となく感謝の気持ちでだ。
先日の監禁された事があって心配してくれたし、高木先生には一発平手打ちを食らわせたもののそれで終わりにしてくれた。
もし殴りかかったら、なんて事態も想像していただけに驚いた。
そんな事になったらお咎め無しという判断にはなっていなかっただろう。

後から聞いたら、あの日俺が帰ったのはもう日が変わるくらいの時刻だったらしい。
皆はそれまで待っていてくれて、京はそれからもろくに眠らずそばに居てくれた。
朝起きてから風呂に入ろうとすると「一緒に入ろうか?」と半分本気で言うから本当に焦った。

嘘の様に平和な、普通の日が過ぎている。
何事も無く平穏に。
ただ、一度噂になってしまうと点と点が繋がってそれは容易に知れる。

高木先生は「事実関係は別にして、問題になっている事態の責任をとる」という形で謹慎処分になった。
信頼は失われ非難が集中し、学生の生活環境に悪影響だという事での処分。
けれどそれでも収拾がつかず、結局懲戒免職になった。

不意に思い出しては憂鬱になる。
誰にも知られずに、悪事は罰されない方がよかったとは言わない。
これは確かに犯罪で、本来ならば先生は逮捕されたのかもしれない。
事情を聞かれた時、先生達にとにかく騒いでほしくないと言ったのは、何も先生を庇ったからではないし、学園の為なんかでもない。
ただ本当に静かにしていたかっただけで、これ以上今を、自分を乱されるのが不快だっただけだ。
先生達は警察に訴える事も出来るんだ、と道を提示してくれた。
だけどもううんざりだ。
過去を彷彿とさせるそれが心を掻き乱して、普通じゃ居られない。

そっとしてほしい。
普通に生きて居られれば、もういいのだから。
好きな人と一緒に。
友達と一緒に。
普通に生きて居られればそれで。

先生達は過去にあった事を粗方把握していると聞いたし、だから理解してくれた。
その上で決定された処分。
我儘を言って得た平穏な日常。


朝の澄んだ空気に満たされた食堂は人で溢れ、賑やかなほどの談笑の音声に紛れて居る。
あまり食欲が無いのはいつもの事で、もっと食えと言われるのもいつもの事だ。

「だって、あんまり……欲しくない」
「ほら、そんな事言って。また倒れたらどうすんだ?次倒れたら病院連れてくぞ」

病院という単語にぴくりと反応してしまったが、これじゃあ本当に子供みたいで情けない。

「はい、あーんして」

きれいなだし巻き玉子を口に放られ、はたと気付く。
京が腕に怪我をしたのは自分が倒れたせいだ。
ちら、と横顔を伺う。
そんな事を言いたかったんじゃないだろうと思うのに、やっぱり気にはする。
おとなしく箸を動かすと、横で口を開いた。

「そんなつもりで言ったんじゃないぞ?」

すべて見透かした言葉。
ただ心配だったから。と、言われなくても感じていたはずのそれを口に出して聞かせる。


「京が作ったやつは食い過ぎるくらい食えるのに」

不思議と。
それなら京の手料理ばかりを食ってればいい、ともいかないからこうして食えと言われているわけだが。
何気無く見ると京ははにかんでいた。

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あきゅろす。
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