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Lovely Prince

「最近急に親しい様子だから、驚いてね。まぁ、私も教師だから……立場上、君みたいにハッキリと言えなくて。しかも相手が未成年だし、いけないって自覚はあったんだけど」

急に何の話をしだしたのか。千草は戸惑いながら耳を傾けた。

「やっぱり、見つからなければ構わないだろうっていう……魔が差すって、こういう事なんだろうね」

あくまで、にこやかに。そこには悪意や罪悪感など感じられない。

「最後まではムリでもちょっと触るだけならって、誘惑に負けて。だけどそれも出来なくて、あの時は正直すごく残念だった。まさか、あそこまでパニックになるとは……。君が、そんなに酷い暗所恐怖症だって知らなくて」

静かに起こった衝撃で、千草の思考は一気に弾け飛んだ。
とても信じられず否定する方がずっと容易だが、不安と恐怖は既にその身を包んでいる。

「だから“今度”は、私も君のトラウマに寄り添って信頼関係を築けば…って……。まぁ、それも失敗したんだけど。結局どんな努力をしても、どっちにしろ京には敵わなかったって事だ」

未成年に対する性的暴行未遂。極めて悪趣味、悪質な悪戯を、悪気なく努力と言ってしまえるその感覚がおかしい。
背筋にざわりと寒気が走る。
覚えのあるこの感覚は、戦慄。

「……新海?」

言葉を発するだけの思考が働かず、千草はただ衝動的に立ち上がった。
話し合える人ではないし、そんな気もない。とにかくここから逃げるべきだと、それしかなかった。
がくがくと震える足がパイプ椅子に引っ掛かり、ガツンと音を立てる。

「非難される事じゃないって言ったじゃないか!」

千草が言ったのは好意についてで、行為ではない。それを言い訳に犯罪を正当化していいことにはならない。
そんな思い違いすら恐ろしくて、千草は怒声を無視してドアへ急いだ。
バクバクと脈打つ音が聞こえそうなほど、心臓が激しく動く。指先が痺れ、逃げなければという焦りから足がもつれそうになる。
捕まる。そうすれば殺される。
すっかりパニックに陥った千草は、部屋を飛び出して正面から人とぶつかるとその場に崩れ落ちた。

「千草!」

肩を抱かれ、びくりと怯えて身構える。

「千草っ」
「ぃ、や…!」

腰が抜けて後ずさることもできない。
首を振り、顔に伸ばされる手を叩き落とそうとする些細な抵抗も、力の入らない腕では役に立たない。

「千草…!千草、俺だよ」
「やだ!いやっ、いやぁ…!」

強引に抱き締めて拘束されて、ますます混乱して暴れる。
けれど軟弱な抵抗もやがて力を失う。えぐえぐと泣きながら、ぐったりと広い胸にもたれる。

「……千草」

その声が耳に届くと、千草は声をあげて泣きじゃくった。
安堵と同時に、京を怖い誰かと勘違いした事がとても悲しくて。
大きく温かな手が、ひくひくとしゃくりあげる千草の背を撫でる。

「平気か。何があった……?」
「みさと……」

髪を撫で、頬に触れて涙を拭う仕草が心地いい。
落ち着いてくると人影が目に入り、びくりと怯えて顔を胸にうずめた。

「大丈夫だよ。一条先生だから」

はっとして顔を上げると、そこには一条先生が居た。

「先生だと思って行ったら、高木先生で……」

千草はまたぽろぽろと涙をこぼした。

「そうです。あなたが心配で様子を見に教室に行ったら私に呼び出されたって言うから、びっくりしましたよ。何があったんですか?」
「先生が……」

泣きながら告げると、一条先生は絶句した。
そして自身も泣きそうな声で、一真に合わせる顔がないと嘆いた。
京は怒りを滲ませながら、これでストーカーは居なくなると言いきった。

好意とは、彼らのことをいうのだろう。その強い実感が、千草を優しく慰める。
利己的で、打算的で。他罰的で、道徳心すら歪む。そんなものを、彼らと同じ好意と言っていいはずがない。
そんな人間を前にして学ぶのは絶望や憎悪ではなく、純粋な愛情だ。
それが逃避と呼ばれようと。事実そうであっても、千草は闇より光に目を向けていたいと思う。
そうでなければ、潰れてしまうからだ。
生きる為に。自分を保つ為に。
それはつまり、愛によって生かされてるとも言える。
彼らの尊い想いによって。

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