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Lovely Prince

誠と里久が率先して動くと、それに市川らクラスメイトが続いて掃除を始めた。
京はすすり泣く千草を抱き締めて、落ち着かせようと優しく語りかける。

「大丈夫。今、皆がきれいにしてくれてるから」
「うん…っ。ねぇ、京」

艶やかな黒髪を撫でながら、なぁに?と京が答えると、千草はぐったりと京の胸にもたれたまま呟く。

「何だか……立ってるのが、つらい」
「ちょっと待って」

京がくるりと見回すと、意図を察してサッとイスが差し出される。それに短く礼を述べ、京は千草を抱えて一緒に座った。

「どうしよう……。すごく、眠い……」
「いいよ。保健室に運んであげるから、寝ちゃっても」

しかし、千草はいやいやと首を振って眠気に抗う。

「こわい……。また、夢を見る。“あの夜”に戻りたくない……」
「大丈夫。また……何度でも、必ず千草を助けに行くから。夢の中でも、絶対」
「本当……?」

うん。という京の返事を聞くと、千草はほっとしたように目をつむった。

「ね……。何処にも、行かないでね……?」
「うん、そばに居るよ。千草が怖くないように、ちゃんと見張っててあげる」
「絶対……来て。たすけて」

静かに安定した寝息が聞こえはじめると、京は重く長い溜息を吐き出した。
眠気というより、過度のストレスによる気絶に近いのかもしれない。

両親が殺害される場面を目撃した幼い生存者。新聞の活字では見えなかったその悲惨さ、深刻な心の傷が目の前で明らかになり、誰も口を開く事ができなかった。
そして彼の幼馴染みである京は、“第一発見者の隣家の少年”としてずっと彼を守り支えてきたのだ。

「先生。千草に付き添うので、俺も授業欠席します」

戸惑いながら頷く先生の答えも待たず、京は眠る千草を抱えたまま立ち上がった。
掃除をしてくれている誠達にも断り、感謝を述べる。
里久は涙をこらえて、目が真っ赤になっていた。



千草は二時間目が始まった頃に目を覚ましたが、悪夢は見なかった。約束通り、京が手を繋いで居てくれたお蔭だと千草には思えた。
まもなく駆けつけた一条先生は、京から事情を聞くといたずらや嫌がらせでは済まされないと憤った。
早退するかどうか聞かれたが、千草は次の授業から出席した。
動揺していたのは本人より周囲の方だ。千草が冷静に掃除をしてくれた礼を述べるのを、戸惑いながら受け止めた。

放課後、千草が帰る前に“今朝の事で”と呼び出されたのは一条先生だと伝え聞いたはずだが、生徒指導室に居たのは担任の高木先生だった。
千草は聞き間違えたのか?それとも後から一条先生も来るのか?とぐるぐる考えながら正面に座った。

「京とは、付き合ってるのか?」

その意図を考える余裕もなく、千草は突然ぶつけられた質問に反射的に答えた。

「そう言えるかどうかは、わかりません」

答えた後で、今朝の様子を見てそう感じたのだろうかと推測した。

「そういう気持ちが無いとは言わないんだね」

同性への好意を否定しない千草に、先生は苦笑を浮かべた。

「それは否定しません。非難される事だとは思わないので、隠すべきだとも思いません」

京のファンや、あの手紙の様に、実際よく思わない者は居るだろう。けれど、二人の関係ではなく、その感情を非難される筋合いはないと思っている。
千草は廊下で待つ京の存在を意識して、薄く笑みを滲ませた。

「それはあれかな?彼が“事件”に遭遇した人だからなのかな。特別な感情が芽生えたのは。共に悲しみを乗り越えた絆っていうか」

突拍子もない話題に思えたが、やはり今朝の騒動に関わっていたんだと納得し、千草は口を開いた。

「いえ。京との絆が、事件のお蔭だとは思いません。京だから特別なんです。違う人だったらそうはなりませんでした。それは京とも話して、互いに確認している事です」

どんな理由であっても、決して事件を肯定しない。

「そうか……。いや、知らなかったよ。まさかそこまでの関係とは。京が冗談でちょっかいを出してるだけだと思ってたから」

うつむいていて千草から表情は見えないが、少なくとも声色は笑みを含んで好意的だ。

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